新海:本日のイベントは「『星を追う子ども』を聴く」と題し、その司会進行をさせていただきます新海誠と申します。この映画の監督もさせていただきました(会場笑)。今日はじめて『星を追う子ども』をご覧いただいたという方はどれくらいいらっしゃいますか?・・・7割くらいですね。ありがとうございます。
公開が始まって1ヶ月ほど経つのですが、『星を追う子ども』を色んな雑誌に紹介いただいて、そのうちのひとつの記事を読んで驚いたことがあったんです。その記事には「アスナ、モリサキ、シンが地下世界で力を合わせてひとつの冒険、ひとつの困難に立ち向かって、皆で乗り越えていく話」と書かれていたんですね。見ようによってはそういうふうに見えるかも知れないんですけど、僕はそういうつもりでこの物語を作ったわけではないので、結構驚いたんです。
ご覧いただいてどのように感じられたか分かりませんが、登場人物たちは皆旅を共にしますが、全員見ている場所はバラバラなんですね。それぞれ困難なり問題を抱えていますが、その問題もバラバラです。モリサキは妻を失っていて、アスナはシュンくんを失って、シンは居場所と兄も失うわけですよね。そのような問題を彼らは旅をする中で、隣にいる誰かと共有しようともしないし、そのことについて話し合いもしないし、ただひたすら自分自身で孤独と向き合っていくんです。その果てに、かすかなそれぞれのコミュニケーションというものがはじめて生じて、さらに少しだけそれぞれの答えを孤独の中に見つけるという話にしたつもりでした。ですからこの物語の中では、皆で力を合わせてラスボスを倒すようなことはしないですし、世界の危機を救うという話でもないんです。そういう話にしたつもりでしたので、「力を合わせて何かを乗りきっていく話だよ」という紹介に、僕はちょっと違和感を持ったんです。
今お話したような、「孤独と向き合うということを肯定的に描く」というテーマで物語を作るのであれば、ジブリや日本アニメーションなどの、日本のアニメーションの伝統的な、普遍的で入りやすい絵柄でそのテーマをくるんで、作品を放つ必要があると思ったんですね。そのような形をとることで、このようなメッセージを必要としている人たちのもとにこの作品を届けられるのではないかと思ったんです。それが実際に誰のもとにどういう形で届いているのかというのは、実感としてはまだ分からないんですけど、そのような気持ちで作った作品です。
では、ゲストの方をお呼びしたいと思います。天門さん、熊木杏里さん、多田彰文さんです。
-ゲスト登場-(会場拍手)
新海:まずは10年前に僕がアニメーション作り始めた時から、ずっと音楽面で作品を支えてくれている、作曲家の天門さんです。
天門:今回の音楽を担当しました天門です。今日はお越しいただきありがとうございます。
新海:次は、エンディングでかかっていた主題歌がまだ耳に新しいかと思いますが、あの声はここから出ていたのです、シンガーソングライターの熊木杏里さんです。
熊木:熊木杏里です。高いところから失礼します。今聴いていただいた「Hello Goodbye & Hello」の作詞作曲、歌を歌わせていただきました。ありがとうございます。よろしくお願いします。
新海:最後に、『星追い』関連のイベントでは初登場となります、音楽の編曲、一部作曲、演奏、そして指揮棒を振るところまでの最後の仕上げをやってくださいました、多田彰文さんです。
多田:どうも初めまして、多田彰文と申します。高いところから失礼いたします。私の趣味は家の中をうろうろすることです(会場笑)。よろしくお願いします。
新海:今回は音楽がテーマなので、それについて話していきたいのですが、『星を追う子ども』はこの3人が中心になって音楽を組み立ててくれました。主題歌のメロディーも曲自体も熊木さんが作ってくださって、劇中ではその熊木さんの曲が色んな場所で効果的に組み入れられ、奏でられています。その、劇中の音楽の作曲そのものをしてくださったのは天門さんです。そしてそれらの曲に最終的に多田さんがオーケストラのアレンジをして、言うなれば接着剤のような最後の仕上げをやってくださいました。実際に作業を担当されていかがでしたか?
多田:新海監督の作品は以前から好きで、やっぱり『秒速5センチメートル』は自分の中でも感慨深かったので、その新海さんの新しい作品に関わらせていただけるということで、とても期待に胸を膨らませて、色んなお手伝いをさせていただきました。
新海:多田さんは他のアニメーション、実写も含めて、色んな映画やテレビの音楽を手がけられていて、新しいところだと今年の劇場版『クレヨンしんちゃん』の音楽もやってらっしゃったんですよね。
ところで早速なんですが、『星追い』のサウンドトラックが発売されているんですけど、このサントラの中から好きな曲をあげていただいて、楽曲解説みたいなことをしていければと思います。天門さんいかがですか?
天門:僕は、いきなりなんですけども、「願い」という最後の大詰めのところですね。
新海:アスナとモリサキとシンが生死の門からアストラムに辿りついた先で起こる、クライマックスのところですね。作曲的なポイントとか、演奏面でのポイントとかおありですか。
多田:この曲には天門さんのご希望でコーラスが、女声も男声も入ってますね。
熊木:本当に声なんですね。
多田:たしか最終的に10人以上は声として入っていますね。
新海:結構長い曲なんですよね。最後のドラマのクライマックスの部分でずっとこの曲が劇伴として流れているから、5分くらいあるんじゃないかと思います。その辺はどうでしたか?
天門:動画コンテを見ながら作業してるんですね。途中でシンがクラヴィスに剣を振りかざして、
新海:「生きているものが大事だ」と叫ぶところですね。
天門: そのあと、部屋の中にアスナがいて、シュンとミミもいるくだりがあるんですけど、あそこを見た時に作りながら感動してしまって。
新海:映像とドラマと音楽のシンクロが気持ちいいところではありますよね。ずっと音楽が盛り上がっていて、ふっとピアノの静かな曲に変わるところですね。
天門:そこで主題歌のメロディーを入れるという一連の流れがあったんで、作っている時はそんな苦にはならなかったです。
熊木:映像を見ながら作っているんですね。
新海:そうですね。音楽を最初にお願いする時って、映像自体は完成していないんです。絵コンテという形でラフな絵ではできあがっているから、絵コンテを映像として繋げたものに合わせて作曲してもらうんですよ。それを多田さんが引き受けてオーケストラ用のアレンジとして新たに譜面を起こすわけですけど、その時にはもう映像はできていて、それを見ながら細かいシンクロを作っていくんです。
多田:この曲には色々エピソードがありまして、曲が終わってエンディングの熊木さんの歌に間髪をいれずに繋がっていくんですけど、そこら辺の繋ぎというのはかなりこだわりました。専門的な話になるんですけど、“響き”っていうんですか、和音みたいなものをどういうふうな形で終わらせたら一番効果的かなというのを探り、この曲は歌から入っていくのでそれが引き立つような形で持っていきたいなというのはすごくこだわりました。
新海:熊木さんはお気に入りの曲はありますか?
熊木:映像が色々浮かんできて迷ってしまったんですけど、「アガルタ」という曲です。
新海:アスナとモリサキがアガルタに着いて、緑の大地が目の前に広がるところの曲ですね。
熊木:曲だけ聴いていてもアガルタに行ったような、壮大な世界が見えるような曲だったので。あと、テーマがすごく映画に合っているようなフレーズの感じがして。
新海:結構アニメっぽい曲かも知れないですよね。
天門:一番最初にモチーフを作った曲なんですよ。これが第1号なんです。
熊木:へぇー!これが。
新海:音楽的にやっぱりこの作品のキーとなるテーマが欲しくて、ずっと試行錯誤していたんです。最終的には、熊木さんの主題歌の「Hello Goodbye & Hello」をテーマにさせていただいたんですが、それ以外にもサブとなるテーマがいくつかあって、この「アガルタ」という曲は作曲した順番としては最初にできあがった、メインテーマ候補のうちのひとつではありました。
天門:曲の一番最初のファイルネームも「test001」という。
新海:そうでしたっけ。
熊木:この「アガルタ」という曲は、楽器がすごくたくさんオーケストラで入っていて。
多田:そうですね。地下世界と地上世界の差別化というのを自分の中で考えていて、天門さんとも監督ともお話した中で、結果的に地下の世界だということは、もう絵とかセリフで十分説明されているので、音楽では逆方向にいった方がいいのではないかなという気持ちもありました。だからすごく広がりのある音楽を心掛けたというか、地下の世界でストーリーが進むにしたがって、全体の楽器編成の規模もだんだん大きくしていくような形にしました。
新海:ちなみにこの音楽の中では楽器としては何が使われているのですか?
多田:ストリングスという、所謂バイオリンとかそういう弦楽器と、ピアノももちろんメインであって、それとフルートなどの木管楽器といったものです。あと多少ホルンなどの金管楽器ですね。オーケストラの主要楽器をどんどん投入していく形でやっています。
天門:この前お伺いして面白いなと思ったのは、この曲の最初の盛り上がりのところで、ピアノの弾き方を、チャイコフスキーでしたっけ、そういう要素を取り入れられているというのもあったと。
多田:そうですね。ああいう広がった世界が似合うんじゃないかなという気持ちがありました。
新海:ありがとうございます。僕が気に入っている曲はたくさんあるんですが、ひとつは「祝福」という、アスナがキスされて、シュンが死んでしまって崖から落ちるあたりの曲なんです。もうひとついうと、「夜明け」という曲ですね。この曲は夷族に首を絞められているアスナがシンに助けられて、そこまでは激しい曲なんですけど、その直後アスナがシュンは本当に死んでいたんだということを受け入れることができて、泣くところがあるんです。そこで熊木さんの曲がピアノで奏でられる、そこがすごく好きなんですね。
多田:あそこは監督が、曲のスピードやテンポにすごくこだわってらっしゃいましたね。
新海:はい。熊木さんのメロディーをいただいた上で天門さんの作曲も上がっていて、最後に多田さんとやりとりをしていく時にどれくらいのスピードにするかとか。
多田:そうですね。かなりそこは注意深く聞いていらっしゃった感じがしました。
新海:「Hello Goodbye & Hello」のメロディーって、どんなシチュエーションであってもあれが鳴った途端、ちょっとホッとするんですよね。今まで状況描写をしていた音楽が急に心情描写というふうにふと雰囲気が切り替わるので、効果としては絶大なんだけど、やりすぎちゃうと劇中の緊張していた空気が急に、ここで安心していいんだよというふうになってしまうから、緊張感を保ったままあれをどうピアノ曲で奏でるかというのは、細かい注文をさせていただいたところです。多田さんご自身のお気に入りはどうですか?
多田:僕はオープニングの曲ですね。せっかくなんで色んなお話もできたらと思うんですけど、実際の録音というのは、今回は映画のストーリーに沿った順番で録っていく形になりました。そういう意味ではこのオープニングの曲が最初にタクトを振った曲になります。それまで色んな作業をして、監督と天門さんとやりとりをしていった中で、最初に音が出た、「これから録音が始まる」という、すごく思入れの深い曲です。最初に熊木さんのメロディーが流れているんですけども、監督のテロップが流れたのを境に、天門さんのメロディーに引き継いでいくというのは、すごく素晴らしい流れですね。
天門:予告で使っていたピアノのフレーズをあまり使っていなかったなと、その時に気付いて、ちょっともったいないなと・・・。
多田:もったいないですよね。
新海:メインテーマが熊木さんの曲になったので、その熊木さんの曲から始まるオープニングテーマなんですが、天門さんが作っていた曲でメロディーをまだ使っていないものがあったので。途中から熊木メロディーが天門メロディーに引き継がれていく、(会場にて音楽再生中)ちょうど今流れているこの辺が天門さんのメロディーですよね。
多田:すごく美しいメロディー・・・すごくいいなぁと。それと、「アスナの決意」という曲なんですけど、これは地下世界に入る前ですね。
新海:アルカンジェリに追われていて、狭間の海のところですね。
多田:そうですね。
新海:モリサキがアガルタにどんどん行ってしまって、そこでアスナは色々と逡巡するんです。ドラマ的に、キャラクターの心情としてはすごく複雑で、アスナは自分が本当に何をしたいのかあの時点では分かっていないんです。アガルタに行ってシュンを蘇らせたいのか、それとも・・・でも何か行きたい気がする。強い決意を見せるんだけど、その理由が何なのかっていうのは自分でも分かっていない。そういう彼女の心情もあるし、あと観客としてはモリサキの正体が明らかになったりもするし、ぽんぽんぽんと主題が変わっていくところだから、そこを多田さんにどういうふうに処理してもらおうかと、割とトリッキーなことをたくさんやっていただきましたよね。
多田:そうですね。繋げるところでの情景描写的な音楽とか、隙間を作ったり。自分的に監督とのやり取りで印象深かったのは、シーンの最後でモリサキとアスナが一緒に落ちていくシーンですね。監督からのオーダーがありまして、下に落ちていくシーンなんだけど盛り上がるものにしたい、という・・・。
天門:難しいですね。
多田:音楽的にすごく難しい。落ちていくシーンっていうのは通常だんだん収束していくんですが、でもそれでも盛り上がって欲しいという、すごく音楽家泣かせなオーダーをいただいて、一生懸命考えて結果的にああいう形になったんです。そこはすごく自分で気に入ってますね。
新海:ありがとうございました。僕が音楽的にこの『星を追う子ども』の中で目標にしていたのは、一番最後に熊木さんの主題歌の声が入った瞬間に、お客さんにゾワッとしてもらうような、例えば鳥肌が立つような感覚だったり、「そうだったんだ」と思ってもらえる感覚だったり、そこで一番気持ちよさを感じてもらえるようなものにさえなれば、ある程度成功するんじゃないかと思っていたんですよね。
熊木:はい。
新海:なので、そこに至るまであのメロディーを印象付けるために、繰り返し色んな使い方をさせていただいています。
熊木:私の知り合いも友達もたくさん映画を観に行ってくれたんですが、曲を知っている人には、「本編中にも流れているのは珍しいパターンだよね」とよく言われましたね。「ネタばらしじゃん」みたいなね。
新海:通常であればね、主題歌ってタイアップ的に一番最後に・・・
熊木:ドーンってね。
新海:本編とは関係なしにつけることもあるんですけど。最初から有機的にお願いしていましたね。
熊木:ここまで映画と歌が本当に一緒に作られていく現場って、私もはじめてでした。できあがったものを「はいどうぞ」ってつける映画はたくさんあると思うんですけど。
新海:コンテから読み解いていただいて、制作スタジオにも何度も足を運んでいただいてできあがった熊木さんの歌詞を、エンディングの絵を眺めながら聴いていて、「こういうお話だったんだ」っていうふうに実感してもらえる時間だと思うんですよね。そのための曲としてすごくいいものをいただいたと思います。
熊木:そうですかねー。でも最初はダメ出しだったんですよ、監督から(笑)。
新海:そうですね(笑)。リテイクを何度か出させていただいたりしつつ、でも結果的にそのリテイクを全部撤回して、一番最初にいただいた曲が良かったということになっちゃったんです。
熊木:いえ、でもよかったです。先ほど多田さんも仰ってましたけど、一番最初にタクトを振る曲とかも思い入れがあるわけですよね。私はやっぱり最初にパッと出てきた「Hello Goodbye & Hello」という言葉がすごく好きだなぁって。本当にいろんな経験の中で「Hello Goodbye & Hello」っていうのが。
新海:「君のいないこの世界にHello」っていう、すごく本当にこの作品を一言で全部説明できてしまう言葉だと思う。
多田:素晴らしい言葉ですね。
熊木:ありがとうございます。
新海:色々お話も盛り上がってはいるんですが、終了の時間が近付いてきました。最後に皆さんから、今後の活動の告知でも構いませんので、ご挨拶を一言ずついただけますか?じゃ、天門さんから。
天門:えー、そうですね、告知は特にないんですけど。
新海:ないんですか?今何もやってないんですか?(会場笑)
天門:いや、何かやってるかなと・・・。
多田:皆に言えないんですよね、なかなかね、色々ね。
天門:そうですね。音楽的には色んなところでお話してるんですが、昔の作品では個人作業でピアノだけのBGMとかを作っていたんですけど、作品を経るごとにだんだん色んな人が関わって、今回はオーケストラという、演奏すること自体でもたくさんの人が関わるという。そういう広がりを持つことができました。自分たちの力だけではなくて、今まで観ていただいているお客さんの力もなければここまでの広がりはなかったと思います。本当にありがとうございます。
新海:多田さんいかがでしょうか?
多田:さっきもちょっとお話があったんですけど、天門さんの美しいメロディもさることながら、熊木さんのメロディーを中心に、色々なものを散りばめさせていただきました。特に熊木さんのメロディーというのは、技術的にも至るところで使っています。本当にシーンに沿ったメロウなところから、特殊なものでは戦いのシーンなどのすごく恐怖を抱くところとか、そういう場面でもわからないようにこそっと使っているんです。
映画をまた観ていただく機会や、サントラを手に取っていただく機会があったら、そういったメロディー探しなんかをしていただけるとすごく楽しいんじゃないかと思います。そういう意味でも楽しめる作品でありますし、新海監督の描く世界を天門さんのメロディーと熊木さんのメロディーを思う存分使ってオーケストレーションさせていただいて、本当にすごく光栄に思っております。末永く愛していただける作品になればと思っております。よろしくお願いいたします。
新海:ありがとうございます。では熊木さん。
熊木:本当に今日は観にきていただいて嬉しいなと思います。ありがとうございます。私は監督と一緒で長野県出身なんですけど、また長野でも公開されていくので、私も頑張っていきたいと思います。6月27日に渋谷のeggmanでライブをやります。7月11日は逗子でキマグレンさんが立ち上げた音霊ライブがあるんですが、良ければそちらも来てください。この映画は笑えるところもあって、泣いたりするところもあって、色々生きていることを感じられる映画だと思います。今必要なことがたくさんあるんじゃないかと思うので、曲もサントラも是非じっくりと聴いていただけたらいいなと思います。ありがとうございました。
新海:ありがとうございます。では最後に、拙い司会ですみませんでした。公開して皆さんからたくさんのご感想を毎日いただいていて、それを消化していくのが今精一杯で、食あたりみたいのを起こして熱を出してしまったりしたんですけど(笑)。だんだん上映は地方に移っていきますが、これからもまだ公開は続きますので、よろしければ末永く愛していただければ、作品としてもとても幸せだと思います。本日は短い時間でしたが、最後まで聞いていただき本当にありがとうございました。
一同:ありがとうございました。(会場拍手)
(2011年6月2日) |