新海:本日はおいでいただき、本当にありがとうございました。『星を追う子ども』で監督をいたしました新海誠と申します。今日はこれからスタッフによる座談会と演奏をふくめた音楽スタッフとの話など、あと最後にちょっとしたプレゼントの抽選会をさせていただきたいと思います。2時間映画を見ていただいた後の長丁場ですから、ご予定のある方は途中で出られても傷ついたりしませんし(会場笑)、お手洗いなど気軽に席をお立ちください。座談会を始める前に、少しだけ僕からオープニングトークをさせていただきたいと思います。
最初にお伺いしてもいいでしょうか、今日はじめて『星を追う子ども』をご覧いただいたという方はどれくらいいらっしゃいますか?・・・半分くらいですかね、ありがとうございます。この映画が公開されましたのは東京では5月の頭でしたので、4ヶ月以上が経ちました。4ヶ月、長い間ご愛顧いただきまして、お礼申し上げます。今日初めて見ていただいたという方も、最後の最後で観ていただいて嬉しく思います。
最初に見ていただいた方に作品解説的なお話をしようかなと思ったんですが、この4ヶ月毎週イベントをやらせていただいていて作品意図のようなものはいろんな場所で話してしまいましたので、初めて見て監督による解説にご興味がある方は『星を追う子ども』のホームページにいっていただければ、そこにレポートが出ていますので、良かったら見てみてください。今日はちょっとそれとは違う話をしようと思います。
僕はいつも脚本を書く時に「この登場人物にこういうセリフを言わせたい」と、セリフから考える事が多いんですね。映画では実際に使われなかったセリフがいくつかありまして、その中でいつまで経っても自分の気持ちの中に残っているものがあります。例えば、シュンに言わせようと思っていた次のような言葉です。シュンがアスナと一緒に夕日を見つめながら、こう問いかけます。「真正面からまっすぐ見ることのできないものはなんだと思う?」アスナにはそれがよく分からない。それでシュンが「それは太陽と死なんだよ」と答える、そういうシーンを入れようと思っていたんですね。死ぬことがおそらく自分でも分かっていて、それでも必死に死を見据えようとしていたシュンの気持ちを表すエピソードとして考えていました。これには実は元ネタがありまして、それは30年前の児童文学である「ピラミッド帽子よ、さようなら」という本に出てくるセリフなんです。『星を追う子ども』はこの本から大きなインスピレーションを受けているんですが、作者の乙骨淑子さんという方はガンを抱えて病床でこの本を書いてらっしゃったので、美しい物語ではあるんですが、どこか死の匂いが満ちたような悲しい作品でした。
この「太陽と死」という印象的な言葉ですが、実はさらに出典があってですね、元々は17世紀のフランスの文学者であるラ・ロシュフコーという人が「太陽と死は直視できない」と言ったんですね。しかし乙骨淑子はそれに続けて「でも、太陽も死も片目をつむれば見据えることができる」と登場人物に言わせたんです。とても象徴的なセリフですよね。結局劇中では使わなかったわけですが、しかしこの言葉の内容は、例えばシュンが片腕をなくしてしまうような夢をアスナが見るとか、片腕をなくしたケツァルトルが出てくるとか、モリサキが片目を失って奥さんを見るとか、アスナが片親であるだとか、シンがシュンというかけがえのない兄を亡くしてしまうことだとか、そういう「片方を失ってしまった登場人物」というところに引き継がれていると思います。大切なひとつを失うこと、しかし片側だからこそ捉えられる何かがあるということ、『星を追う子ども』はそういうことを考えながら作った作品でもありました。
ちょっと長くなってしまいましたが僕の最初の話はここまでにして、ここからスタッフの座談会を始めさせていただきたいと思います。作画監督の西村貴世さん、美術の馬島亮子さん、CGチーフの竹内良貴くん、撮影チーフの李周美さんです。皆さん大きな拍手でお迎えください。
僕から一人一人紹介したいと思います。一番奥に座ってらっしゃる西村貴世さんはさんは『雲のむこう、約束の場所』という7年前の作品で初めて作画監督補佐として入っていただき、『秒速5センチメートル』では作画監督として、それ以外にもNHKの『猫の集会』や地方新聞のTVCMでも作画監督としてずっと一緒に作品を支えてくださっている方です。
西村:はじめまして。『星を追う子ども』のキャラクターデザインと作画監督をやらせていただきました西村貴世です。今日は作画を代表して皆さんにお礼を言いにきました。みなさん、どうもありがとうございました。
新海:僕の隣に座ってらっしゃるのは美術の馬島さんです。美術監督は丹治さんという方なんですけど、今日都合で来られないので急遽ピンチヒッターとして馬島さんに来ていただきました。馬島さんも『雲のむこう-』から初めて僕の作品に参加していただいた、美術の中核スタッフです。今回の作品でも美術監督補佐みたいな役割として作品の背景美術をずっと支えてくれています。
馬島:美術の馬島です。ちょっと緊張しちゃって、ちゃんと聞いてなかったんですけど(会場笑)、よろしくお願いします。
新海:彼が僕たちの中では一番若いと思うんですけれども、竹内くんという『秒速5センチメートル』で初めて参加してくれて、CGスタッフとして電車や車を作ってくれたり、美術背景も書いてくれていました。今回の『星を追う子ども』ではCGに集中して、CGチーフとして活躍してくれました。
竹内:3DCGチーフの竹内です。今回は完全に3Dを中心にやらせてもらって、CGに関しては僕ともう2人、河合さんと粟津さんと3人で作りました。
新海:最後、アニメには撮影という工程があるんですけれども、背景とキャラクターを重ねて、光を加えたりして最後の画面を作るコンポジットのお仕事、そのチーフとして今回初めて僕たちのチームに参加してくれた韓国から来た李周美さんです。
李:はじめまして、李周美と申します。私は新海作品に関わるのは今回の作品が初めてだったんですけど、これだけ皆さんに愛される作品に参加できて嬉しいです。よろしくお願いします。
新海:ありがとうございます。じゃあですね、僕から質問させてください。それぞれの具体的なお仕事というのは、どういう内容だったんですか?そして現場はどんな雰囲気でした?
西村:僕たちは作画ということで、アスナやシンやキャラクターを紙に描いて動かす仕事です。
新海:今でも紙に描くんですよね。
西村:そうですね、完全にアナログ作業なんですよね。よく教科書にあったパラパラマンガの延長だと思うんですけど、それを時間軸に並べて芝居を組み立てるんです。新海さんの絵はタイミングがデリケートだなって印象がすごくあるんですけど、そこは今回、だいぶ気を使って仕事した感がありますね。
新海:西村さんは僕より少し年上でいらっしゃって、作画チームというと年齢的にもキャリア的にも比較的僕より上の方が集まってくれていて、なんかね、ちょっと怖いですよね僕からしてみると(笑)。
西村:よくおっしゃいますよね(笑)。
新海:やっぱり、皆さん大ベテランで、僕は自主制作として30歳くらいからアニメーションを作りはじめたので…でも西村さんキャリアが20年くらいあるわけでしょ?他の皆さんもいろんな所で活躍してきて、間違えた事言ったら怒られるんじゃないかとか(笑)。
西村:監督ですからね、そんな事はないんですけど(笑)。
新海:そうなんですけど、でも先輩でもあるし、アニメーションの画面というのはまずは作画が支えてくれますので、僕は同じ部屋で仕事をしていて結構気を使ってコーヒー買ったりして…(会場笑)
西村:お気遣いありがとうございます。その節はごちそうさまです(笑)。
新海:いえ、とんでもありません(笑)。じゃあ、美術にいこうかな。馬島さん、美術はどういう仕事内容で、現場はどういう感じだったんですか?
馬島:美術は背景を描く仕事なんですけれども、現場はわりと若いスタッフが多くていつも和やかにやっていました。席にパーテーションもないので、ご飯も1時と夕方の6時半に皆で食べるという、珍しい…(笑)
新海:仲いいですよね。丹治さんがそういう雰囲気の方っていうのもあるんでしょうね。そもそも、背景美術といっても僕たちは完全デジタルなので、西村さん達が紙とエンピツと消しゴムなのと対照的にこちらはPCとタブレットとフォトショップが主なわけですよね。みんな同じスタジオで作業をやっていて、たまに監督的にチェックや打ち合わせのために美術スタジオに足を踏み入れると、仲良すぎて行きにくいなぁと思ってて(笑)だんだん足が遠のいていっちゃったりしたんですけど。
馬島:前回の作品の時はよく新海さんにご飯おごっていただいたりしてたんですけど、今回1回もおごってもらってない…(会場笑)
新海:そんなことないですよ、忘れてるだけですよ(笑)。美術はスケジュール的にすごくタイトだったんでしょうけど、和気あいあいとした現場ではありましたね。
馬島:そうですね、丹治さんは子供みたいな性格の方なので(笑)、楽しい話とか子供みたいな話をよくしてるんですけど…
新海:そうなの?誰が好きなの、とか?
馬島:そんな話をするのは新海さんだけです(会場笑)。まあ、そんなのんびりした風に見えるんだけど、仕事はものすごい早かったですね。
新海:なるほどね、そんな現場だったと。ありがとうございます。竹内くん、そもそも『星追い』の中でどこがCG?
竹内:1つは背景美術を3Dで動かすというカットがありました。あと、セルを3Dで作って動かす、ツバメとか最後のヴィマーナのCGですね。
新海:人型に変形する、ラスボスみたいなやつがね(会場笑)CGですよね。あとCGでというと、作画の補助としての指示もありましたね。
竹内:作画のガイドですね。絵で当たりをつけるのが難しいような動きをまずCGでシュミレーションして、それをプリントアウトして作画の方に渡してセルを描いてもらうところですね。
新海:他はけっこう女性が多いんですけど、CGチームは唯一男性しかいないチームでしたがどうでした?
竹内:僕が作業してるところは新海さんのいた部屋で、他の2人が別の場所にいたんで、基本的にやりとりはスカイプを使って作業の相談も全部やっていました。
新海:スカイプでやりとりをしていると僕のタイムラインにも流れてくるんですけれども、CGチームのスカイプは、よくわからないダジャレとかが流れてて入れないんですよ(笑)。この人達は何を言ってるんだろう、少なくとも仲はいいんだろうなと思ってました(会場笑)。
竹内:そうですね(笑)。ダジャレはわりと粟津さんが言ってましたけど。
新海:ああ、粟津さんが…お好きですよね(笑)。
竹内:そうですね(笑)。
新海:それでは李さん、撮影はどんなお仕事で現場の雰囲気はどうでした?
李:撮影は基本的に絵を描く仕事ではないんですけど、美術の方々が上げていただいたきれいな背景に、作画のセルをのせて、それを合成して効果を足したり処理をしていく仕事です。CGスタッフだった粟津さんと河合さんは同時に撮影スタッフでもありまして、あと女性の方2人で5人でした。全員8階のプロデューサーの方々と同じフロアだったんですけれども、いつもダジャレを言い合っていて「うるさいな」と思われてたかもと思いながら仕事してました(笑)。
新海:そんなことないと思うんですけど(笑)。プロデューサー陣、営業陣と同じフロアだったという事ですが、たまに彼らは仕事柄、作品のビジネス面でのシビアな話をしていたりするわけでしょ(笑)。
李:自分は耳を塞いでたんで分からないんですけど、他のスタッフは結構ハラハラしてたって言ってましたね(笑)。
新海:聞きたくないこともありますよね(笑)。ありがとうございます。じゃあ作品を見ていただいた直後でもありますので、映画のキャラクターの話もしたいんですけれども、それぞれ好きなキャラクター、嫌いなキャラクターっていたら教えていただけます?
西村:僕は描いていて、のびのび楽しいのはやっぱりアスナですね。頭の40カットくらい、本当に最初の時期に描かせていただいたんですけど、ずっと走ってたんですよね。やっぱ、ああいうのすごく気持ちいいですよね。後半、心情が難しい芝居もあるんですけど、アスナは楽しかったですね。あと一番描いてて苦しかったのはモリサキで、こう、何を考えているか分からない感じって表現が難しいんですよね。
新海:そうですね、表情もいつもポーカーフェイスですよね。
西村:そこにいろいろ情報を入れなきゃいけない。仕草とか表情以外で何か入れたりとか結構難しいんだなと思いましたね。
新海:なるほど。単純に「共感する・しない」などはおありでしたか?モリサキに関していうと、わりとスタッフから嫌われてるのかなと思ったんですよね。最初、シナリオや絵コンテだけ読んだときに「こいつ悪いヤツじゃん」っていう(笑)。アスナを差し出しちゃうし。
西村:悪い顔しますしね。アスナが訪ねて来たときに地下の事を話してすごい顔するじゃないですか(笑)。あの顔ね、どこまで悪い顔を出すかって結構ディスカッションして、僕、もうちょっと抑えようかなと思ってたんですけど(笑)。「これはここまで欲しい」っていう監督のイメージがあったので、結果良かったんじゃないかなと思いますね。
新海:モリサキは複雑なキャラクターなんですけど、決して悪いだけの男ではなくて、もしかしたらちょっと困った男の子みたいなところのある純粋過ぎる人なんじゃないかっていう。それは声優の井上さんの演技が乗ったことでそこのところの説得力が出たかなと思ったりもします。じゃあ、次は馬島さん。
馬島:描いているときはそうでもなかったんですけど、島本須美さんの声が乗って、リサが好きになりました(笑)。
新海:そんな理由…(笑)僕と馬島さんはほとんど同じ歳なんですけど、島本須美さんって僕たちの世代にとっては特別な声優さんですよね。馬島さんは島本さんがすごく好きみたいで、アフレコ現場で島本さんにサインを求めるっていう、僕も遠慮してしなかったことをしてらっしゃって(会場笑)、羨ましいなと思いましたけどね。良かったですね、この仕事で島本さんに会えて(笑)。
馬島:良かったです(笑)。あと制作末期になってきて、ちょっと皆おかしくなってくるんですけど、その頃に夷族に勝手なパーソナリティを見出しはじめて(笑)。この中に実はすごいかわいい子がいるんじゃないかとか、だんだん夷族がかわいらしく見えてきました(会場笑)。
新海:そんな遊びをしてたんですね、知りませんでした(笑)。では竹内くんはどうでした?
竹内:悪い人は基本的にいないので、どれっていうのはないんですけど…しいて言うならセリって女の子がね。
新海:1度しか見てない人は覚えてないかもしれないですけど(会場笑)、シンがアガルタでお役目をもらった後に「またお役目をもらったんでしょ」って駆け寄ってくる、おさげっぽい女の子ですよね。セリがいいの(笑)?
竹内:個人的にツボで、スピンオフとか…(笑)
新海:意外に話聞いてると、スタッフでセリがいいよねって言う人いるんですよ。特に声がいいって言ってて…
竹内:それ、多分僕の話じゃないですか(笑)?
新海:ああ、そうでしたか(笑)。他にも丹治さんもセリがいいって言ってましたよね。伊藤かな恵さんっていう人気の声優さんなんですけど、セリって異世界の女性にしては今の日本の女の子みたいな親しみやすがありますよね。
竹内:セリだけセリフが妙にリアルなんですよね。
新海:そうですよね。なるほど、セリが好きと。若いだけあってね(笑)。じゃあ、李さんは?
李:ミミが好きです。
新海:あ、忘れてましたけど、ミミもキャラクターですね(笑)。ミミのどんなところが好きですか?
李:猫だから好きです。(会場笑)
新海:でも、設定的には「ヤドリコ」っていって、お役目をもった動物なんですよ(笑)。だから猫じゃないっていうのをさりげなく見せるために作画的にはちょっと工夫さなったんですよね。
西村:熱いお芋をバクバク食ってましたもんね(笑)。ネコ舌じゃないよっていう、細かいアピールです。(会場笑)
李:知りませんでした。
新海:冒頭でもアスナが焼いた鮎を1匹あげてるんですけど、躊躇せずにかぶりついてますから、そうなんです(笑)。でも分かります。猫に近い生き物ですから。
李:猫…です。(会場笑)
新海:嫌いなキャラクターは?
李:モリサキです。なんか…嫌いです、すみません、理由はないんですが…
新海:はい。結構、女性の感覚を代表した意見なのかなとも思います。李さん、韓国で育って10年くらい前に日本に来てアニメーションを作る仕事に携わってますが、どうですか?
李:楽しいですね。もともと見るのも絵を描くのも好きだったんですけど、撮影は実際に描く仕事ではないですが、皆さんが描いた素晴らしい絵をもっと良くするという面ですごくやりがいもあります。絵コンテを読んで「こうなるんだな」って楽しみながら自分が関わっていく、その喜びがあって、すごい楽しい仕事をしてるんだなって思います。
新海:それでは時間も差し迫ってきてしまったので、最後に一言ずついただこうと思います。4ヶ月間応援してくださった方々に対して、『星を追う子ども』という作品に対してでも構いませんし、アニメーションを作るという仕事に対してでも構いません。お一人ずついただけますか。
西村:ここのところ僕はずっと新海さんの作品に参加させていただいてるんですけど、毎回挑戦したいテーマが僕の中にあって、それが新海さんの作品にもあるので、すごくありがたいなと思ってやらせていただいてます。見ていただいた皆さん、本当にどうもありがとうございます。「星を追う子ども」のブルーレイには、丹治さんたちも含めたコメンタリーが付いてて、今日出なかった話題もいっぱいしてますので、良かったらそちらも見てみてください。どうもありがとうございました。
馬島:いろんな劇場にいらした方もいると思うんですけども、4ヶ月間、本当にお疲れ様でした(会場笑)。また、ブルーレイも買ってください(笑)。よろしくお願いします。
竹内:普段スタジオにこもりきりで作業しているわけですけど、こうやって劇場に来ると、僕らが作ったものを見てくれてる人がいるっていう、こういう繋がりがいいなって気持ちになりますね。
新海:来て、見てもらって初めて、仕事が完結するっていうね。
竹内:そうですね。皆さんのおかげで僕らも作れてるっていうところもあるので、本当に見ていただいてありがとうございましたという一言です。
李:私は新海さんの作品が今回初めてなのに、ファンの方でも何回か顔を合わせている方もいらっしゃって、ファンとの絆がこれほど強い監督も初めてで、すごく印象的です。ファンの方々がいてこその作品だと思うので、これからもよろしくお願いします。
新海:ありがとうございました。制作スタッフの皆さんでした。皆さん、もう一度盛大な拍手でお見送りください。
―――イベント第二部、演奏を含めた音楽スタッフとの話のレポートは次回に続きます!お楽しみに―――
(2011年9月15日)
|