一家そろって新海ファン! 監督との不思議なつながり
■肥田さんが『星を追う子ども』に参加されることになったきっかけは。
肥田
「以前別の作品で今作のプロデューサーとご一緒させていただき、そのつながりで今回声をかけていただきました。実は、私が就職して初めてやった仕事というのが、新海監督の『ほしのこえ』を海外向けDVD用にデジベ(デジタルベータカム。業務用ビデオ規格の一つ)にダビングすることだったんです。そのとき会社の先輩から「すごい人がいるんだよ。これ、全部一人で作ったんだよ」と教えてもらいながら『ほしのこえ』を見たのですが、とても一人で作ったとは信じられないぐらいクオリティが高くて驚きました。それが新海さんの作品にふれた最初ですね。それ以来、新海監督の映画はすべて見ています。でも実は、私よりも荒木(アニメーション監督・演出家の荒木哲郎氏。肥田さんと荒木さんはご夫婦)のほうが、もっと新海さんのことが好きなんですよ。荒木は『雲のむこう、約束の場所 コンプリートブック』(角川書店)や『新海誠美術作品集 空の記憶』(講談社)も全部持っているぐらいで、ファンというよりも同じアニメを作るものとして新海さんのことをリスペクトしているという感じですね。なので、今回の仕事のお話をいただいたときには、私以上に荒木が喜びました(笑)。『星を追う子ども』のチラシができたときにも、クリアファイルにチラシをはさんで持ち歩いて、それとなく「これ、うちの嫁が編集してるんですよ」って言う機会をうかがっていたらしいです(笑)。おそらく荒木の演出作品には、新海監督の映画から学んだことが入っていると思いますよ。」
■新海監督も荒木監督の作品を見ているそうですよ。中でも、『テレビアニメ「DEATH NOTE」の、夜神月がポテトチップスを食べるあのシーンはすごい!』と言っていました。オペラ調の音楽とポテチを食べる行為のシンクロがものすごいインパクトで……。
肥田
「あれは本当に偶然の産物というか(笑)、荒木はああいう思いつきが好きなんですよ。コンテを描いていたらノってきちゃったらしくて、たまたま、音楽とセリフがぴったり合ったみたいです。ドラマと音楽のシンクロと言えば、特に新海さんはそこに徹底的にこだわる監督さんですよね。今までの作品ではずっと新海さんご自身が編集をやってこられて、どれも素晴らしい編集でカットが心地よくつながって音楽とぴったり合っている。それがまさに新海さんの作品の大きな特長でもあると感じていましたから、今回の仕事のお話をいただいたときに、極端な話、「私は編集機のオペレーターとして呼ばれたのかな?」と思っていたんです。新海さんというと、やっぱり“一人で作っているクリエイター”というイメージがあったので、神経質でわがままで誰の意見も受け付けない人なんじゃないか、とか思っていたんです。勝手な想像でしたが(笑)。」
■実際に新海監督にお会いになられてどうでしたか?
肥田
「いや、想像とまったく違いましたね。人あたりがやわらかくて腰が低くて、話し方もとても丁寧で、「ああ、ちゃんとした人なんだな。これならきちんと人間関係を築いていけそうだ」と思いました(笑)。最初に監督とお会いしたときに、新海さんからの一言目が「言いたいことはなんでも遠慮なく言ってくださいね」というお言葉で、「あっ、こちらの意見も取り入れてもらえるんだな」とうれしくなりました。棒つなぎ(編集する前の、カットを順番につなげただけの状態の映像)を初めて見た後のミーティングでも、このシーンは大事に伝えたいとか、作品全体を通して目指す方向性が一緒だったので、「最後までぶつからずにやっていけそうだ」と思いました。新海さんはとても優しい方で、なごやかな雰囲気で編集作業は進みましたが、仕事に関してはストイックな面もあって、最後の最後まで手をいれて細かく調整する姿はすごいなと思いましたね。」
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今回、編集ソフトは「Final Cut Pro」を使用。
肥田「編集作業に入る2週間前に、プロデューサーから「今回はFinal Cut Proを使って編集するから」と連絡をいただいて、初めて扱うのですぐに使い方の練習を始めました。
基本的な機能などは普段使っている機材の「Avid」と変わらなかったので、ほっとしましたね(笑)。これまでは新海監督自身の手で「After Effects」を使い、撮影だけでなく編集作業までおこなっていたそうです。すごいですよね。」 |
編集は初めての観客。自分が感じた作品の第一印象を大切にしたい
■アニメの編集というのは、どういったお仕事なのでしょうか。
肥田
「実写の場合は役者さんが芝居した映像をつないでいくのが編集の仕事ですが、アニメの場合はカット単位で撮影されたものを編集して一本につないでから、それに合わせて声優さんが芝居をして声や効果音を当ててゆくので、(1)撮影、(2)編集、(3)音響、という順番になるんです。そこが実写との大きな違いですね。私が考えるアニメーション編集の仕事の役割は、カットとカットの間のつなぎをスムーズにすること、セリフや動きの間尺をコントロールすること、それから監督の相談相手になることです。」
■監督の相談相手とは?
肥田
「編集って、初めて作品の全体像が見えるところなんですよ。それまでは絵コンテという計画書に沿って、いろんな人が1カットずつバラバラに作業をしているんですけど、編集のときに初めて最初から最後までつながった状態になります。だから、編集の人間は、“初めての観客”でもあるんです。そういう意味でも、自分が最初に作品を通して見たときの第一印象は大事にしていて、率直に感じたことを監督にお話しするようにしていますし、監督自身が「このシーンどうしたらいいかな」と悩んでいるようなところは相談にのったりもします。」
■新海監督からも相談されたりしましたか。
肥田
「そうですね。でも基本的には、新海さんが「こうしようかな」と思っていることは、私も「そうしたほうがいい」と感じたことだったので、新海さんの考えを後押ししたという感じですね。今回、『星を追う子ども』の棒つなぎの初見では、「フィルムにムダが無さすぎる」と感じました。私が参加したのは2010年11月でしたのでもう作業はずいぶん進んでいて、本撮が半分、原撮と動撮が半分でした(※本撮=すべてが本番の素材で撮影されたカット、原撮=原画を撮影したカット、動撮=動画を撮影したカット)。ですから、キャラクターの動きはわかる状態になっていて、カットのつなぎに関しては、新海さんと作画監督の西村さんが丁寧にチェックしてらっしゃるおかげでまったく問題なくきれいにつながっていました。でも、きれいにつながっているからといってドンドン次のシーンに進むと、観客が気持ちを整理するタイミングがなくて疲れてしまいます。なので、「シーンが変わるところでもう少し間をとりましょう」などと提案しました。それと、メリハリというか、大事に受け取ってほしいシーンには時間をかけたほうがよいので、モリサキのセリフや、シンの村の長老の会話シーンなど、「他のキャラクターよりもたっぷり芝居をするところはもっと時間をとりましょう」と伝えたりもしました。」
原撮 |
動撮 |
■間尺を延ばしたり短くしたり、というポイントはどうやって見極めるのですか。
肥田
「映像チェックをするときに、声優さんがアフレコするみたいに、私自身でセリフを当てながら見るんです。そうすると、「これだと言葉が急いだ感じになっちゃうな。もっと間がほしいな」とか、「ここ、妙な間があいちゃうな。もっと詰めたほうがいいな」など、だいたい掴めます。同じセリフをしゃべるにしても、そのセリフの前にどれくらい間をあけるのか、しゃべるスピードはどれくらいかで意味が変わってきますから。セリフだけじゃなく、動きにしてもそうですよね。たとえば「振り向く」というアクションでも、その振り向きの前に間を入れるのか、振り向くスピードが速いか遅いかで意味合いが変わってきます。全体の中でそのシーンがどういう意味を持っているかと考えて、間尺を変えてゆきます。」
■全体のバランスで決まってゆくんですね。
肥田
「そうですね。その後、実際に声優さんが声を当てたものを見て、「やっぱりこのセリフの前にもうちょっと尺があったほうがいいね」とかそういう箇所も出てきたので、今回はアフレコ後も何カ所か尺を変えました。音響スタッフさんも、効果音担当、音楽担当、整音担当、などいろんな役割の方がいて、皆が同じ時間軸の中で作業しているので、編集で1カ所でもずれると全てずれてしまうんです。なので、どこのシーンをどれだけ延ばしました、ということを音響スタッフさんたちに伝えるという仕事も編集の役目ですね。」
■今回の編集で特に気をつけた点は。
肥田
「棒つなぎの段階ですでに110分を超えていたので、延ばしすぎないように気をつけました。新海さんの作品は、背景美術がどれも絵画のように美しいので、いくらでも延ばせちゃうんですよ。でもそうするとトータルで2時間を超えてしまうので、「延ばすのは必要最低限にしましょう」と。だから、もったいないなぁと思いつつ、1秒、2秒しか映らない美術もたくさんあります。そこはぜひ、ブルーレイディスクが発売されたら1カット1カット止めながら見てほしいですね(笑)。」
■肥田さん自身、編集しながら悩むことはありませんでしたか。
肥田
「編集って、絶対に十人十色違うものだと思うんですよ。だから最終的には「自分はこれが気持ちいいんだ」っていう感覚で編集するしかないんです。「これが必ず正しい」とかそういうものは無いわけですから。だから、ハッタリは大事ですよねえ(笑)。編集って結局ハッタリなんじゃないかと思いますよ。」
■新海監督は「他の人から言われたら腹が立つようなことでも、肥田さんの言うことなら素直に聞ける」と言っていました。
肥田
「本当ですか! じゃあ新海さんも私のハッタリにだまされたってことですね(笑)。」
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肥田「映像を見ながら自分で実際にセリフをあてて、編集ポイントをつかんでいきます。広い会議室で作業するとき用に、新海監督が拡声器を買ってきてくださったんですよ(笑)。」 |
目立たない、なんでもないシーンにこそ、編集の力が込められている
■普段のお仕事は映画よりもテレビのほうが多いのですか。
肥田
「そうですね。映画の編集は『銀色の髪のアギト』(杉山慶一監督、2005年製作)が初めてで、今回が2作品目です。『アギト』を編集しているとき、監督から「全然間が足りない」って何度も言われたんです。テレビアニメの感覚で「この絵なら3秒あれば充分かな」と思ってつないでみたら、モニタサイズも違うし一枚の絵の持つ情報量が多いので、10秒もつんですよね。テレビと映画はずいぶん違うものなんだなと実感しました。テレビアニメは予算も違うし、スケジュールも厳しいし、放送フォーマットも短いですが(※右図参照)、その予算とスケジュールの中でどれだけ面白いものをフォーマットに詰め込めるかというメディアだと思うんです。映画とテレビ、どっちがいいということではなく、それぞれの持つ特性の違いを『アギト』で学びました。その経験は今回の編集でも生かされていると思います。」
■放送用フォーマットに整えるというのは大変そうですね。
肥田
「はい。1コマもずれることは許されないので、コマの数字を足したり引いたり、フォーマットを間違えないように気を遣います。私、足し算が苦手なので(笑)毎回大変です。誰か簡単にフォーマットを計算するソフトを作ってくれないかなあって思ってます(笑)。」 |
30分アニメ番組の一例。
本編は20~21分程度となる。
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■絵コンテに書いてある尺の通りに仕上がってくるというわけではないのですか。
肥田
「これはあくまでも参考という感じで、実際にこの尺通りに上がってくることはほとんどありませんね。コンテに「この動きを3秒で描いてください」という指示があっても、アニメーターさんによっては「3秒でおさまらないよ」と自由に描いちゃう人もいますし。もちろん、コンテの意図から外れすぎるとダメですけど、演出家のタイプや作品の性格にもよりますね。そもそも、コンテを描く人によっても指定してあるタイムがずいぶん違うんです。似たようなシーンでも、コンテを描く人のクセや個性次第で、Aさんが描いたコンテには6秒12と書いてあるし、Bさんのは4秒、Cさんのは10秒、とバラバラだったりします。」
■じゃあ、つなげてみたら素材が足りないということも……。
肥田
「そういう事態を防ぐために、テレビアニメの場合、コンテ尺がフォーマットより1分程度長めになるように作っておくんです。実写だと例えば予備としてリハーサルからカメラをまわしておくとか、いろいろとやりようがありますけど、アニメの場合は監督が意図しない絵は存在しないんです。必要最低限ギリギリで作っているので、「足りないからどこかから余っている素材を持ってこよう」ということは不可能なんですよ。そうすると、編集の段階で足りない分を新たに作画して作るよりも、余っている分を落とすほうが作業的に簡単なので、1分長めに作っておくというわけです。とはいえ、編集の初見で「全然足りない。どうしよう!」というときもあります。」
■そういうときはどうするんですか。たとえば繰り返して使ったりとか?
肥田
「そうですね。AパートとBパートの間にCMが入るときは、Aパートの最後のシーンをBパートの頭に持ってきたり。あるいは、セリフを足して延ばしたり、間を加えたり、ということが一番多いやり方ですね。逆に、どうしても切れない時というのもあって。そういうときはまずカットを落として、セリフを落として、でもこれ以上落とすとお話がわからなくなっちゃうぞっていうときは、編集に何時間もかけて「セリフのこの一言だけ取ろう」とか。」
■これを取ったら5秒縮まるぞ、とか……。
肥田
「いやいや、まさか! 5秒なんて一気に縮まらないですよ。「よし、この一言カットして6コマ縮まったー!」とか(笑)そういうコマ単位でこつこつと縮めていきます。本当は監督にコンテ段階で適正な尺に詰めておいてもらうべきなんですけど、編集ギリギリでなんとか絵コンテを間に合わせるなんて事も多々あって(苦笑)、ひどいときは9分オーバースタートなんて時もありました。それでも編集でどうにかしなければならないので、なかなか大変ですね。」
■編集時に、自分らしさを出そうと思ったりすることはありますか。
肥田
「うーん……。監督のカラーや作品のカラーを大事にしたいとは思いますけど、自分らしさとか、自分の色というのは特に意識しないですね。「ものすごいカッティングだ!」とか、そういうところに見ている人の意識が集まらないほうがいいと思うんです。ちゃんとドラマに引き込まれれば、編集に意識が行くことはないはずです。だから目立たなければ目立たないほどいい。見ているお客さんが違和感を感じないようにすることが編集の大事な仕事ですし、なんでもないようなシーンで何かを感じとってもらえたら、そこに編集の力が入っているんだと思ってもらえるとうれしいですね。」
絵の描けない自分がアニメの仕事をやるとは全く予想外だった
■編集という仕事に興味を持たれたきっかけは。
肥田
「父の趣味で、家に古いMacがあったんです。スペックは今のものと比べると相当低いと思うんですけど、それを使って高校生のころから写真をいじったり、「Director」というコマ撮りアニメが作れるようなソフトを使って、テリー・ギリアムの「空飛ぶモンティ・パイソン」のオープニングみたいな映像を作って遊んでいたんです。ありものの素材を動かして映像を作れるというのが面白くて。それと、当時は松本俊夫監督のような実験映像にも興味があって、イメージフォーラム映像研究所の短期講座にも通ったんですが、イメージフォーラムでの映像制作は8ミリフィルム、アナログな手法なんですよね。実際にやってみて、「あっ、私がやりたいのはこっちじゃないな。私はパソコンを使って映像を作りたいんだ」ってわかったんです。もともとMacを使っていたので、「同じ表現をやるにしても、パソコンならもっと簡単にできるんじゃないか」と感じたんですよね。それで、パソコンで映像の勉強をできるところを探して、大学に通いながら御茶ノ水のデジタルハリウッドの映像編集コースに入学しました。デジハリではまず授業が半年あって、そのあと卒業制作作品を半年ぐらいかけて作りました。映像編集コースといっても、授業では「3D Studio MAX」や「After Effects」など、そういったCGソフトの使い方を学ぶことが主だったので、編集ソフトの使い方はほとんど自分で実際に作品を作りながら覚えた感じですね。」
■卒業制作はどういう内容だったんですか。
肥田
「もともと写真や実写映像のほうに興味があって入学したはずなのに、たまたま私のまわりに絵の得意な友達がたくさんいたので、卒業制作ではアニメーション作品を作っちゃったんですよ(笑)。ダンサーの友達に踊ってもらってその映像を撮って、絵の上手い友達にその映像のダンスの輪郭を1コマ1コマトレースしてもらってアニメーションにして、私はその上からCGで蝶々とかお花を散らす、という感じの作品でした。まさか自分がアニメを作ることになるなんて、入学当初はそんなつもりは全くなかったんですが。」
■アニメを作ることには関心がなかったのですか。
肥田
「だって私、本当に全く絵は描けませんからね(笑)。だからトレースさえ友達にやってもらったぐらいですよ(笑)。でも、その卒制作品をいくつかの制作会社に送ったことで、GONZOへの入社が決まりました。編集の仕事を第一希望にしていたんですが、「絶対に編集の仕事じゃなきゃイヤだ」とも思っていなかったので、別の仕事をふられたらやるというぐらいの気持ちでいたんですが、結果的には編集として採用されたので嬉しかったですね。編集の仕事は自分に合っていると思いますし、やっていて楽しいです。仕上げや撮影だとカット単位での仕事ですが、編集は作品全体を見ることができますし、音楽やセリフにも関わることができて、いいとこ取りだなって思ってます(笑)。」
入社後の仕事は先輩のスケジュール管理から。2ヶ月後には編集デビュー!?
■会社ではどのような毎日だったのですか。
肥田
「入社が決まったとき、いきなり「じゃあ、明日から来れますか?」って言われたんですよ(笑)。そのころ、GONZOには重村(建吾)さんという先輩というか師匠がおりまして、重村さん一人でテレビシリーズやOVAを5本くらい回していて、月に2日しか家に帰れないという状態が続いていたんです。ちょうどその時期はアニメ業界全体が急成長の時代で、テレビアニメの作品数がすごく多くて、人手が足らなかったんだろうと思います。私が入社する前に3人の新人が入ったそうなんですが、あまりの多忙さゆえに、1人目は1か月、2人目は2週間、3人目は3日で辞めたらしくて、初日に重村さんから「お願いだから君は辞めないでね」って言われました(笑)。重村さんがあまりにも忙しすぎて、人間らしい生活が送れていなかったので、私はとにかく重村さんが少しでも帰れるように、まず重村さんのスケジュール管理から始めました。それまではひたすら「来たものを次から次へと作業する」という状態で、今日何のアニメの編集をするのかも把握していないし、各番組の人たちが重村さんの編集の順番待ちをしているという有様で。だから私は、一週間の予定をたてて、何曜日の何時からどの番組を編集するか調整して、「何曜日の夜は重村さん帰れますから寝てください」と言えるようにしました。」
■素晴らしいですね。
肥田
「とはいえ私自身も編集として入社したわけですから、少しずつでもできることを増やしていかなくちゃと思い、師匠の編集を見ながら勉強したり、コンテ撮を原撮に、タイミング撮を本撮に差し替える作業だけは任せてもらったりしていたんです(※コンテ撮=絵コンテを撮影したカット、タイミング撮=色彩・背景・撮影処理などが仮の状態のカット)。そうして入社後2ヶ月経ったころに「肥田さん、これ編集して」といきなり言われて。」
■2ヶ月でもうですか!
肥田
「「ギャラクシーエンジェル」というマッドハウス制作のテレビアニメシリーズの編集でした。自社制作ではなくよその会社さんが作った作品の編集を新人に任せるなんて、今考えてみると無茶するなぁって思いますけど(苦笑)、監督の高柳(滋仁)さんがすごく立派な方で、新人の私が好き勝手やるのを許してくださったんです。あとから高柳監督の弟子でもある、夫の荒木に聞いたのですが、高柳監督は「自分がコンテを切った段階で自分の編集作業は終わっている。だから、誰か別の人間が自分の作品に違う視点を与えていくこと、それが編集という工程だ」というスタンスを持ってらっしゃるそうなのです。なので、私のようなまだカッティングのことが何もわかってないような人間に対しても、編集の結果というよりは過程を大事にしてくださったと思うんです。だけどやっぱり、今、デビュー作(「ギャラクシーエンジェル」第2期第8話の「ウェディングケーキ合体スペシャル」)を見直してみると、とんでもない絶妙な素人タイミングですよ!」
■もう一度同じように編集しろと言われてもきっとできないでしょうね。
肥田
「あー、無理ですね(笑)。逆にその素人タイミングが作品のいい味になっている気がするんですけど(笑)。まあですからカッティングに関しては、高柳監督に許容してもらいながら実際に自分が編集したものに声優さんの声や音楽が入った完成映像を見て、「わっ、ここ、すごい早口になっちゃった」とか「ここをこれだけ詰めちゃうと、効果音を付けづらいんだな」とか、いろいろ反省しつつ勉強していったという感じです。編集段階では自分の“想像”で切っているので、音が入って初めて“答え”がわかるんですね。音だけでなく絵に関してもそうです。コンテ撮や原撮で編集しなければならないことが多いので、絵コンテでは止まっているキャラクターが、色がついたら目パチ(まばたき)がついていたり、背景も絵コンテから判断して「これなら2秒くらいでいいかな」と思っていたものが、できあがった美術を見たらすごく密度の濃い絵で、しかもライトがピカピカ点滅していたりして、「こりゃ4秒でも足りないぞ」とか。そういう経験を積んでいくうちに、だんだん自分の“想像”と完成形の“答え”が一致するようになってきて、少しずつ編集感覚が身についていきました。高柳監督は、そういった試行錯誤を許容してくださる監督さんで、足を向けては寝られないほど感謝しています。これがもしも新海監督だったとしたら、きっと許されなかっただろうなあと思いますね(笑)。」
ファンタジーだけどリアル。間口は広がっても新海監督らしい「毒」は薄まっていない
■編集の仕事をする上で、心がけてらっしゃることはありますか。
肥田
「そうですね……私はやっぱり今でも”お客さん目線”を大事にしていますね。映画館で映画を見ているときも、編集がどうとか、そういうことは意識したことがないです。普通に見て、素直に楽しみます。プロの目で見てどうかとか、そういうのはすごくもったいない見方だなと思うんですよ。やっぱり心で受け取るものを大事にしたいですね。それから、体調管理も編集の仕事のうちかもしれません。どんな職業でもそうだと思うんですが、その日の気分や体調ってやっぱり仕事に影響を与えていると思うんです。そういう意味でも、息子を妊娠した時につわりがほとんどなかったのは本当にありがたかったですね。出産の前日まで普通に歩いて仕事場に通い、仕事していました(笑)。出産後は、子どもが4ヶ月のときに仕事に復帰しました。」
■出産前日まで!そして復帰も早いですね!
肥田
「ちょっと早すぎたかな、という気持ちも少しあります。実家に預けていたのですが、やっぱり「今ごろあの子はどうしてるかな」と気になってしまって……。でも今回のお仕事は、もう息子もだいぶ大きくなったので安心して仕事に集中できましたし、基本的に土日もお休みで、もともと夜遅くまではできませんという前提で仕事に入らせていただいたので、決まった時間に帰ることができてありがたかったです。新海さんは子持ちに優しいですね(笑)。うちは旦那もアニメ業界の人間ですから、なかなか夕飯の時間帯に家に帰ってくることは難しいんです。せめて私ぐらいは子どもと一緒に夕飯を食べてあげたくて、そうするとやはり夕方6時、遅くとも7時には仕事を切り上げて帰らないといけない。でもテレビアニメの場合、作品によっては「今夜中に編集を終えないと放送できなくなります!」とか、編集にスケジュールのしわ寄せが来ちゃうことが多いんですよね。子どもが小さいうちは、仕事を選びながら、育児と両立してやっていきたいなと思っています。」
■それでは最後に、肥田さんから見た『星を追う子ども』の見どころをお願いします。
肥田
「『星を追う子ども』は新海監督の新たな挑戦だと思います。キャラクターデザインもファンタジーというジャンルもこれまでの新海作品とは違いますし、今までは新海さん自身でやっていた編集という作業を私がやっているということ自体、新海さんの「新しいものを作りたい」という気持ちの表れですよね。でもジャンルは違えど、まぎれもなく新海さんにしか作れない映画になっています。普通、広く一般向けの作品にしようという時って、毒を削ぎ落としてわかりやすくすることが多いと思うんですが、『星を追う子ども』はそうじゃない。この作品には、これまでの新海作品と同様、新海監督の持つ“毒”がしっかり含まれています。新海さんは「臭いものに蓋をしない」んですよね。」
■無臭、無毒ではない、と。
肥田
「でも逆に、その毒があるからこそ、多くの人にとって新海さんの作品はすごく切実に、リアルに感じられると思うんです。今作の内容は哲学的である種の死生観を感じさせる内容になっていて、アスナにしろモリサキにしろ、これまでの作品以上にキャラクターひとりひとりが色々なものを背負っていて、人物造形がより深まっています。ですから、いろんな世代の方が見て自分に近いキャラクターに感情移入して、それぞれ違うことを感じとれると思いますし、見終わった後でじわじわといろんな感情がわいてくる、そんな作品だと思います。ですから、『星を追う子ども』は大人だけでなく、小さいお子さんにもぜひ見てもらいたいですね。もちろん、自分の子どもにも見せようと思っています。皆さまもどうか編集のことは気になさらず(笑)、心で感じるままに見ていただけたらうれしいです。」
【インタビュー日 2011年3月25日
聞き手・構成:『星を追う子ども』宣伝スタッフ 三坂知絵子】
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