これまでの作品を見て「新海ワールドの傾向と対策」を考え、スタッフ編成を決定
■まず、アンサー・スタジオについて教えていただけますか。
木曽
「私たちアンサー・スタジオは、2004年に設立されたアニメーション制作会社です。もともとは日本にあったディズニーのアニメーションスタジオ(ウォルト・ディズニー・アニメーション・ジャパン)の解散にともなって作られた会社なので、当初はディズニー・ジャパンで描いていたアニメーターが多かったのですが、近年は新人育成にも積極的に取り組んでいます。作画部分だけでなく、仕上げ、CGなどを担当する部署も同じ社内にあり、アニメーションの絵づくりに関することは一通り完結できるのが特長です。また、他のアニメスタジオではスタッフはだいたいフリーランスで作品ごとに契約するんですが、うちは社長の方針で、基本的に全員社員なんです。これは他のスタジオとの大きな違いだと思います。」
■今回『星を追う子ども』に参加されることになったきっかけは。
木曽
「以前別の作品で今作のプロデューサーと一緒にお仕事させていただきました。ただ、その作品はCGアニメーションでしたので、CG部だけの仕事でした。ですからうちの作画スタッフがCWF(コミックス・ウェーブ・フィルム。『星を追う子ども』制作会社)の作品に関わるのは『星を追う子ども』が初めてです。2009年に、一度シナリオの段階でお話をいただき、その後実際に作画作業に動き出す時にコンセプトボードなどを見せていただきながら、これぐらいの量をこれぐらいの期間で、というミーティングをしました。ただ、最終的には当初予定していた分量よりも大きく作品作りに関わらせていただくことになりました。このように分量が増えたりスケジュールが延びた時でも、できるだけ作画のスタッフを入れ替えたりせず、それまでのスタッフを中心にスケジュールを再調整して対応できるのは、スタッフが社員であるうちのスタジオの強みかなと思いますね。」
鮫島
「今回、原画の約3分の1強と、動画・仕上げを弊社で担当しています。弊社所属の土屋堅一さん(インタビュー♯07)がアンサー・スタジオ担当分の作画監督を務め、色指定・検査は野本有香さん(インタビュー♯09)が、動画検査は玉腰悦子さんが、それぞれ担当しました。」
木曽
「我々制作三人の仕事内容の割り振りとしては、鮫島が弊社プロデューサーとして作品制作の流れを管理し、釼持が現場スタッフと直接のやりとりを担当、私はCWF側のプロデューサーと予算やスケジュールについて打ち合わせをしたり、社内の他の仕事との兼ね合いも考えながらこの作品に合ったスタッフ編成を整えるなど、全体を管理するというような感じでした。」
■新海監督のことはご存知でしたか。
鮫島
「もちろんです。社内にも新海さんファンが結構いて、「新海監督の新作やるの!」と喜ぶスタッフもいましたし、一方で「名前は知っているけど作品は見たことがない」というスタッフもいたので、今回の仕事が決まってからみんなでこれまでの作品を全て見ました。」
木曽
「作画スタッフにもそれぞれ個性や得手不得手、向き不向きがありますから、「誰が新海監督の作品世界に合っているだろうか?」と考えつつ適材適所のスタッフ編成を決めるためにも、過去作品を見て新海作品の"傾向と対策"を練る必要がありました。」
■これまでの作品をご覧になられていかがでしたか。
釼持
「本当にきれいな絵ですごいなと思いました。こういう美しい背景のアニメというものを他に見たことがないなって。特に夕空がきれいだなって印象に残りました。」
鮫島
「リアリズムというか、すごく繊細なアニメーション映画で驚きました。」
木曽
「まさに繊細という言葉がピッタリきますね。すごく細かいところまできちっと考えられていて、計算された絵づくりだなと。でも今回の絵コンテやキャラクターデザインをいただいて、「これまでの作品とは立ち位置、ニュアンスが違うな」と感じました。今までの新海作品は美しい風景と登場人物のモノローグで語られるというシーンが多く、そのようなアニメはレイアウトが重要視されると思うのですが、今回はアスナたちが歩いたり走ったり、普通に作画の枚数を使ってキャラクターを動かす芝居が多く、今回のような"動くアニメ"の方がアンサーの作画陣には合っていたのではないかと個人的には思います。結構うちのスタッフはみんな、キャラを動かすのが好きだし、得意なんですよ。」
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静謐なモノローグが印象的なこれまでの新海作品とは異なり、
『星を追う子ども』では躍動感溢れるキャラクターの動きも大きな魅力の一つ。 |
新海監督にとって外部スタジオとの本格的な共同作業は初めて。でも意思疎通は問題ナシ
■新海監督の印象はいかがでしたか。
鮫島
「作画打ち合わせで弊社に来られた時に初めてお会いしたんですが、人当たりのすごく柔らかい方でびっくりしました。「デビュー作を一人で作った」というイメージが強かったので、「私はこうなんです!こうじゃなきゃイヤです!」というような我の強いタイプなのかと想像していたのですが、全然違いました(笑)。」
木曽
「監督というと、ガンガン自己主張するタイプの人もいますけど、新海さんはきちんと自分の意見も持ちつつ物腰が柔らかい方ですね。例えば打ち合わせ中に、こちらが「このやり方だとちょっと難しいです」と話すと、「それじゃあ、こういうのはどうですか」と違う案を提示してくださったり、一緒に考えてくれるというスタンスで、ありがたかったですね。もしかしたら外部のスタジオということで、気を遣ってくださっていたのかもしれませんが。」
■新海監督も、ここまで本格的に外部のスタジオと作品作りをするのは初めてのことだったそうです。アンサー・スタジオでの打ち合わせ後に「すごく緊張した。どれだけ考えを伝えることができただろうか」と思ったそうですが……。
木曽
「それはもう何の心配もなく、こちらのスタッフはみんな、新海監督の意図を理解していましたよ。すごく詳細な絵コンテがあり、さらに新海監督の説明も丁寧で分かりやすかったです。例えば歩くシーンにしても、求めるイメージが非常にはっきりしていて、このキャラクターは今こういう気持ちなのでこういう歩き方をさせてほしい、と具体的に説明してくださるんです。また、トンボが飛んでいるシーンにしても、普通だとただ「トンボ飛ばして」と流してしまいがちですが、新海監督は「このシーンのこのトンボにはこういう意味があるので、こういうふうな動きにしたい」という考えが明確なので、作画スタッフにとってもイメージが湧き、描きやすくなります。」
鮫島
「新海監督は言葉が的確なんですよね。表現したいことを言葉で言い表すことができるのがすごいな、といつも思っていました。打ち合わせの時もそうですし、レイアウト修正などに書かれた指示の言葉も、「ここはもう少しこうしてほしい」「こう動かしてほしい」と分かりやすく、曖昧なところがなかったので、作画スタッフも迷うことなく作業を進めることができました。監督の意図と、作画スタッフの意図に相違があると、制作の人間があれこれ動かないといけないというような場合もあるんですが、今回はお互いに充分思いが伝わっているなと感じました。」
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新海監督のレイアウト修正。
細部に渡って明確な指示が書かれている。
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完成画面 |
釼持
「新海さんからの修正に書かれてある指示は、僕たち制作の人間が読んでも「なるほど、そうだよね」と思うことがいろいろあって、勉強になりました。作画の内容に関しては全く問題がありませんでしたが、現場のスタッフからは「スケジュールが厳しい」という声は多々聞かれました。」
木曽
「それはどんな作品でも、いつも必ず言われることだけどね(苦笑)。」
制作という仕事には決まりも制限もない。自分たちにやれることなら何でも全力で取り組む
■やはりスケジュールはなかなか厳しかったですか。
鮫島
「作画スタッフとしては「このカットの絵は、もうちょっと時間をかけて、ここまでのレベルまで持っていってから監督に見せたい」という気持ちがあるんですが、制作としては残りのカットのことを考えると「もうここで出してください。これ以上このカットに時間を費やすと後々厳しくなりますよ。今後のシーンに時間をかけられなくなりますよ」と説得してカットを回収しないといけない。そのせめぎ合いは毎回のことですね。今回は、作業後半に入って枚数制限(カットごとに作画を何枚以内でおさえてほしいという指示)がかかった時も、ちょっと騒然となりましたね。作画スタッフにしてみれば「最初の絵のクオリティを保つためには、どうやってもこれだけはかかる!」と、譲れないラインがあるわけです。ですから、そこを何とか調整するのが僕たちの仕事だと思っています。逆に「はいそうですか、分かりました、じゃ削りまーす」って簡単に言われても困っちゃいますし(笑)。」
木曽
「枚数が増えるとその分お金がかかるというのは事実なんですけど、作画スタッフにしても心から作品のことを思って発言しているわけですから、どうにかして妥協点を探らないといけません。例えば撮影スタッフに工夫してもらうことで、作画側の負担にならないような形で枚数を減らしたりとか。質の高いものを作るというのはもちろん大事なことですが、誰かが予算のことを考えておかないといけません。最悪、最後まで作ることができずに公開できなくなったりしたら元も子もないわけです。だから私たちは、たとえ作画スタッフに嫌われてでも全体を見て進行をきちんと管理して、そうやって完成して公開して皆さんに喜んでもらうことが一番大切なことだと思っています。でも、釼持や鮫島はまめにスタッフとコミュニケーションをとってちゃんと相談して、どうしても無理な時はきちんと「これは無理です、どうしましょうか」と私に言ってくるので、「じゃあこっちのスケジュールを調整しよう」とか「人を増やそう」というふうに対応しました。それでも今回は、スケジュールがぐちゃぐちゃでどうしようもない、というようなこともなく、ちゃんと家に帰れましたし、休みもとれました。たまにもうお手上げというか、「全員日曜日も会社に出てきて、朝から晩までずっと会社のイスに座って描き続けないと無理だ」というような無茶なスケジュールの仕事もあるのですが、今回はそこまでではなかったです。」
■ハードなお仕事ですね……。
鮫島
「でも僕たちは絵は描けないので、「何か、自分たちにできることはないだろうか」といつも考えています。できることは何でもやろう、と。そこで今回はクイックチェッカー(キャラクターの動きなどを確認するPCアプリケーション)でチェックできるように、暇さえあれば原画を撮影していました。やっぱり原画だけでなく実際に動く映像データがあったほうがスタッフも「このあいだのカットはどんな動きをしていたかな」という時にパッと確認できるし、便利ですから。しかもCWFの方にもデータを送るので、少しでもきれいな映像のほうがいいだろうと思い、普通はビデオカメラで原画を撮影するところを一枚一枚スキャナで取り込んだんです。スキャナを使う方が修正を合成する時にもずれなくていいんです。今回はカット数も枚数も修正も多くて、ずいぶん手間と時間がかかってしまいましたが、その分、くっきりと見やすいクイックチェッカーの映像になりました。」
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アンサー・スタジオにて作成されたクイックチェッカー。 |
木曽
「通常そういった作業は撮影のスタッフが担当していたりするんですけど、制作がやった方が効率がいいんだったら制作がやる、というのが私たちのスタイルです。「制作の人間だから、こういうことはしちゃいけない」という枠や決まりというものはないと思うんですよ。絵は描けないのでそこに関しては絶対に口を出しませんが、そのまわりをうろちょろする感じでできることはやりたいと思っています。制作も作画も一丸となって作品を作る、という意識がとても大事だと思うんです。制作の人間がぷらぷらしていて「別にどんな絵があがってきてもいいや」と適当に考えていたら、作画スタッフも「こんなものでいいか」とそれ相応の適当な絵をあげてくるでしょう。だけど鮫島も釼持も中途半端な気持ちじゃなく、真剣に作品のことを考えた上で意見を言っているので、作画スタッフもそれを分かって話を聞いてくれるんです。だから釼持も、ただスタッフのところに行って原画をもらってくる、というだけじゃなくて、ちゃんと原画を見て「あれ、これ何かおかしいぞ」と気づいた箇所があれば作画監督の土屋にそのことを伝えるんですよ。」
■まるで動画検査のような仕事ですね。
木曽
「そうです、釼持はただの制作進行じゃなくて、チェッカーの一人でもあるんです。もしも何かミスがあったまま動画や仕上げの段階まで進んでしまい、そこから修正となると、大変な手間がかかります。ですから釼持がチェックしてミスに気づくことができれば、すぐに修正できるのでそのぶん効率がいいんです。"釼持チェック"はうちのチームの強みです。「制作進行=作画用紙を持って運ぶ人」というような認識なら、それこそ誰がやったって同じでしょう。別にその仕事を釼持がやる必要はないわけです。だから、もしそんな考えで仕事をやっているようなら私は釼持を怒りますよ。釼持が制作進行をやる意味は何なのかを、釼持自身に考えさせます。「ただ原画を受け取りにいくだけじゃなくて、この原画さんはどうしてこういう絵を描いたのか、ちゃんとその人のことを考えながら話をしてね」といつも釼持に言っています。そういうコミュニケーションの一つ一つが、作画スタッフのモチベーションにつながっていると思うんです。」
■スタッフのモチベーションを高めるために、他に心がけてらっしゃることはありますか。
木曽
「あとは……モノで釣るとか(笑)。」
釼持
「終わったら飲みにいきましょう、とか(笑)。」
木曽
「ここまで終わったら早く帰ってもいいですよ、とかね(笑)。でも実際、絵を描く作業自体には制作は関われないのはもどかしいところですね。昔、締め切り間近で、動画の裏ヌリ(動画用紙の裏から影の部分を色鉛筆で塗る作業)は制作でも手伝えると思って、みんなで作業した時は、夜中眠くて表から塗ってしまい動画検査に謝りに行ったり……。」
鮫島
「仕事を手伝うどころか、むしろ仕事増やしてませんか(笑)。」
木曽
「そんなふうに、制作も作画も全力で一つの作品作りに取り組む、という姿勢が社風としてずっとある感じです。まあ、もしかしたら作画スタッフからは心の中で「うっとおしいなー」って思われているかもしれませんが(笑)これからも"本気さ"は大事にしていきたいですね。もともと三人ともアニメーション業界の出身ではないので、「アニメの制作の仕事はこう」というような型にはまることなく、いろんなことに挑戦してゆきたいという気持ちがあります。」
三人とも異業種からの転職組!アニメの制作に必要なものは、やる気と体力、
コミュニケーション能力と「人のためにどれだけ動けるか」という姿勢
■皆さんアニメーション業界以外からこの世界に入られたとのことですが、そのきっかけを教えていただけますか。
木曽
「私はもともと実写畑の出身で、テレビドラマやバラエティ番組のAD(アシスタントディレクター)や舞台監督の助手をやっていました。その頃「子ども番組とか作ってみたいな」と思い、ディズニー・ジャパンに転職したんです。ディズニーといえば子ども番組かな、自分のやりたいことができるかな、というイメージがあったので。ところが入社してみたら、アニメーションの制作進行という、子どもとの触れ合いは全くない仕事でした(笑)。実際に仕事を始めてみて、実写と違ってアニメというのは気が遠くなるぐらい繊細な仕事だな、一つの作品を作るのに一体どれだけの時間がかかるのか、と衝撃を受けましたね。入った当時はタップの意味も知らないし、原画と動画の違いも分からないぐらい何もアニメーションの知識がない状態でしたが、徐々に制作の仕事を覚えていくうちに、アニメには絵を作り込む面白さがあるな、と気づいたんです。アニメは膨大な人の手がかけられて作られていて、中でも制作はその膨大な人たちとやりとりすることが仕事ですよね。それが段々と面白くなってきて、結局実写の世界には戻らず、ずっとアニメーション業界で仕事をしています。それに「案外、ADもアニメの制作も体力勝負だぞ」というような共通点もあったりするんですよ。」
鮫島
「体力はほんとに大事ですよね。今回も夜中に何百枚も原画をスキャンしたりしてましたから(笑)。僕は高校卒業後、映画の専門学校の配給宣伝コースというところに通って、映画の広告の作り方や買い付け方法などを勉強していました。「映画を商品として見る」という感じのことですね。もともと映画は好きだったんですが、作り手側になることはあまり考えていなくて。高校の頃にたまたまこういう勉強ができる学校があることを知って、「人が作ったものが、誰か他の人の心の中に届く。その間に"届ける人"が存在しているんだな。そういう仕事も面白いかも」と思って、その学校に進学したんです。校内には監督コースもあって、そこで卒業制作として作られた作品を配給宣伝コースの生徒たちが自主上映したりしていました。卒業後はビデオ屋などでバイトしながら、何か映像の仕事をしたいと思い求人雑誌などで探していたんですが、配給会社の募集というのはなかなかないんですよね。その時に「アニメーション制作進行を募集」という情報が載っていて「そうか、アニメーションだって映像だ」と思って、応募してみたんです。制作進行というのがどういう仕事なのかさっぱり分からなかったんですけど(笑)。」
釼持
「僕はもともと音楽業界出身です。ローディーの仕事に興味があり、音楽の専門学校のローディー専攻で勉強して、卒業後は楽器のレンタル会社に就職しました。ライブやレコーディングの時に楽器を貸し出す仕事で、僕は楽器のセッティングや機材のトランスポート(輸送)を担当していました。しばらくその仕事を続けていたのですが、レコード会社に転職しようかなと思い、音楽に関する会社を調べているうちに、いろんな種類の仕事があることを知ったんです。アーティストマネジメントをしている会社もあるし、CMや映画の音楽作り専門の会社もある。中でもCM音楽に興味をひかれました。音と映像がからんだときのイメージのふくらみ方がすごくいいなって。それで徐々にCMそのものに関心が移り、「映像って面白いかも」と考えるようになりました。そんな時にアンサー・スタジオの求人広告をたまたま見つけて、鮫島さんと全く同様に「アニメも映像だし、何か面白いことができるかも」と気軽な気持ちで履歴書を出してみました。」
■特にアニメーションに興味があったというわけではないのですね。
釼持
「そうなんです。「新世紀エヴァンゲリオン」が流行っていた時も、僕は音楽を担当されている鷺巣詩郎さんのほうに興味があって、「音楽と映像がぴったり合っていて、すごくかっこいいなあ」と思って見ていたので、アニメーションに関する知識はほぼ皆無でした。ですので、僕も制作進行というのが実際にどういう仕事をする職業なのかも分からないまま応募したんです。」
木曽
「私自身が異業種からアニメの世界に入ってきて一から始めた人間なので、アニメの知識の有無は入社試験の時は気にしません。むしろ余計な知識がなくて、一からやるほうがいいんじゃないかって思うぐらいです。とにかく本人のやる気重視、そして体力重視(笑)。あとは、人と話ができるかどうかですね。やっぱり制作は常に人とやりとりする仕事ですから、話ができない子だと厳しいかな。だから面接の時に一番チェックするのはコミュニケーション能力です。とはいっても短時間の面接だけではなかなかその子の能力は把握しきれないので、実際に入ってみて仕事しながらの判断になることも多いですが。」
■新海監督の元には若いファンの方から「アニメが好きなので、将来はアニメ業界で働きたい。絵は描けないので、制作になりたい」という手紙が届くことがあるそうです。
木曽
「そうなんですか。ただ、あまりにもアニメが好きすぎて業界での仕事に夢を抱いていて、実際に入ってみたら夢と現実のギャップにがっかりして辞めてしまう……という子も時々いますね。趣味ではなく仕事ですから、いつも自分の好きな作品を担当できるわけじゃないというのは当然のことなんですが、中には「自分の好みに合わない作品のスタッフになったから」という理由でいきなり辞めちゃう人もいます。私も最初の面接の時にさんざん「仕事はきついよ。家に帰れないよ」って強調して言うんですよ。そうしたら、みんな軽く「分かりましたー」って答えるんだけど、実際に帰れないぐらい仕事が忙しい日が続くと「こんなはずじゃなかった。帰れると思ってた」って言われます(苦笑)。」
鮫島
「たぶん、木曽さんの言葉を"脅し"だと思っていたんじゃないんですか。「そうは言ってるけど、実際には帰れるだろう」って。僕は専門学校時代に、監督コースの友人たちが作品を作っている最中は寝る暇もないぐらい忙しくしている姿を見ていたので、「学生ですらあんなに何日も徹夜しているんだから、実際のもの作りのプロの現場はきっともっと忙しいに決まってる」と思って覚悟していました。」
木曽
「制作って「人のためにどれだけ動けるか」という仕事なんです。周りの人たちが気持ちよく働けるようにするのが制作の役目ですから、自分の都合に合わせて休んだりはできないんですよ。肉体的にも精神的にも大変な仕事ですが、全てのカットを完パケして、できあがった作品を見た時には「やった!!」という充実感がものすごくあります。この仕事のやりがいを感じる瞬間です。」
鮫島
「最初は絵コンテだったものが、原画になり、動画になり、「うわー、全部動いたー!すごい!」って喜んで、さらに色がついて、背景と合わさって、声優さんの声も入って、「うわー、しゃべってるー!」って……この仕事を始めた当初は一つ一つの工程に驚いていましたし、一つの作品が完成した時の感動は言葉では言い表せないほどでした。」
釼持
「初めは何も分からないまま、「このレイアウトをコピーして、誰々さんに渡して」とか、言われることをやっているだけで、自分がアニメの制作過程のどの状況にあるのか把握できていませんでしたね。自分がコピーして渡したレイアウトにどういう意味があるのか理解できたのはもっと後のことで、最初の頃は「いつの間にか完成していた」という感じでした。」
木曽
「二人とも何も知らないまま業界に入ったから、余計にそう感じたかもね。最初はひたすら「これをあっちに持って行って」「それをこっちに持ってきて」って、そんな感じですから。一応それがどういうものなのか説明はするんだけど、たぶん分かってないだろうなと(笑)。」
鮫島
「2作品目ぐらいからようやく「ああなるほど、これはこういうことだったのかー」と理解する心の余裕が生まれました。仕事に慣れた今となっても、毎作品、できあがった映像を見るとジーンと感動しちゃいますね。」
料理する、ごはんを食べる、歩く、しゃがむ、走る……
日常のなにげない動きの中にひそむ作画スタッフの職人的技術の細かさと豊かな表現に注目を!
■完成した今作品をご覧になられて、いかがでしたか。
木曽
「やっぱり新海さんの撮影の力がすごいなと思いましたね。絵そのものは変わっていないのに、撮影が入ったことで、絵自体の魅力も格段に上がって、まるで違うもののように見えるぐらいです。深みが増すというか……色味もすごくきれいだし、スタッフはみんな「参加してよかった」と思っていますよ。」
釼持
「特報ができた時も、予告編が公開された時も、みんなずーっと繰り返し見てましたもんね。」
鮫島
「作画だけでなく、背景、音、色、光……それぞれの素材を組み合わせて使うのが本当に上手な監督なんだなと思います。一体何をどうやって撮影したらこんな映像になるんでしょうか。技術もすごいんでしょうけど、それ以上にやはり新海監督のセンスなんでしょうね。」
■皆さんから見た、『星を追う子ども』のおすすめポイントを教えてください。
鮫島
「僕たちが参加し始めた時はまだ新海監督の絵コンテが最後まで完成しておらず、しかも予定よりもカット数がどんどん増えていたので、「このままいって本当に大丈夫なのかな」と実は心配していたんです。でも、シュンとアスナが初めて出会う鉄橋のケツァルトルのシーンのチェック用映像を見たときに、絵コンテよりも何倍もすごい絵になっていて感動しました。カメラワークやキャラクターの動きにものすごく説得力があって、「なるほど、これはアスナがシュンに惚れちゃうのも当然だ」って素直に思えたんですね。あそこが最初の"つかみ"のシーンですから、"つかみ"が上手くいくとそれ以降の話の展開にスーッと引き込まれて、最後まで物語の世界にしっくり入っていける。「新海監督は全部計算していたんだな」って驚愕しました。そうするとクライマックスのシーンがより一層引き立つんだなと。最後のモリサキのシーンは土屋さんが原画を担当したところなので、ぜひ見逃さないでいただきたいですね。まさに文字通り、土屋さん自身もボロボロになりながら描いた、渾身のカットです。」
木曽
「普通、作画監督は原画をあまり描かないんですが、最後のあのカットだけは「どうしても土屋さんに描いてほしい」とお願いしたんです。でも、最後の最後まで残ってしまって、体力的にも時間的にもギリギリの状態で描くことになってしまいました。しかし、できあがった絵は本当に素晴らしく、「やはり土屋さんに描いてもらってよかった!」と強く思いましたね。」
釼持
「僕のおすすめカットは、渡辺裕二さん(『星を追う子ども』原画担当。アンサー・スタジオ所属)が描いたアスナのお弁当ですね。玉子焼きがすごくおいしそうで(笑)。今回はお弁当を作ったり、料理したり、ごはんを食べたり、というような生活芝居が多くて、作画の枚数もたくさん使っていますね。特に、アスナたちがアモロートの村に着いて僧兵たちが奥から出てくるカットや、アモロートの老人の家でアスナが料理するカットは、決して派手なシーンではありませんが、キャラクターがたくさん動いていて作画的には本当に大変でした。1カットにつき500枚くらい使っています。」
鮫島
「"普通の動きを普通に見せる"っていうのが一番大変なんだと思います。やっぱり極端に枚数を減らすとおかしな動きになってしまうから、どうしてもある程度の枚数がかかってしまうし。日常芝居はなかなかごまかせないです。」
木曽
「普通は作画的な見どころというと、アクションシーンとかそういう派手な動きに目がいきがちだと思うんですが、今回はぜひ、ただ立ったり座ったりしゃがんだり、歩いたり走ったりするところも見てもらえるとうれしいですね。そういうところに結構力を入れていますので。うちのスタジオの作画スタッフは、土屋をはじめ、地味な日常芝居が得意な人が多いんです。でもそういう芝居はあまり評価されないんですよね。ぱっと見、絵の上手さが分かりづらいんですよ。上手くできている分、普通になじんでさらっと流されちゃうような動きなので。アクションシーンだと「あの殺陣はすごかったねー!」と言われますが、ごはんを食べているシーンで「あの食べ方はすごかったねー!」と言われることはなかなかないでしょう(笑)。」
鮫島
「「あの歩き方、超いいよねー」とか「あの階段の降り方、超すてきー」とか、そんなふうに際立つと逆におかしいですもんね(笑)。」
木曽
「でも下手な演技や嘘っぽい動きをつけると「あれはヘンだぞ」ってすぐにばれてしまうんです。そこが日常芝居の難しいところですね。土屋はそういう動きを描くのが本当に得意で、人体構造をきちんとふまえて動かしているから、ちゃんとした演技になっているんです。それと同時に、アニメ的な表現も理解しているのがすごいところで、例えば重みをどう表現するかという時でも、あまりにリアルな動きを追求しすぎると逆に嘘っぽく見えてしまうことがあるんです。ですけど、そこはうまくアニメ的に嘘をついて、一層リアルに見える絵にしているんですね。一つ一つ、どう描くと本当らしく見えるかをきちっと考えて描いているんです。」
鮫島
「新海監督が土屋さんのそういうところにきちんと注目してくださって、高く評価してくださっているということを土屋さん自身も分かっていたので、余計に嬉しかったと思いますね。」
木曽
「ここまで土屋にピッタリはまる作品は珍しいかも(笑)。新海監督とすごくフィーリングが合って、本当に良かったな、ご縁があったんだな、と思いました。仕事と割り切っているというよりも、この作品のことが好きだから描くんだ、という空気がありましたね。だからこそ、ボロボロになってでも最後のシーンをきちっと描き上げることができたんだと思います。ぜひ劇場の大きなスクリーンで見ていただきたいですし、できれば一度見た後でもう一度、細かい地味な日常芝居にも注目していただいて、"さりげないけど実はすごい動き"の躍動感を感じていただけたら嬉しいですね。」
鮫島
「今、毎週のように、全国の劇場を新海監督が舞台挨拶でまわってらっしゃいますよね。トークして、サイン会して、握手して……本当にファンの方を大切にしてらっしゃるんだなと思います。」
木曽
「そういう監督ってなかなかいないですよね。」
釼持
「普通はどこかで線引きをしちゃいますよね。」
鮫島
「だから、新海さんは「会いにいけるアイドル」ならぬ「会いにいける映画監督」なんだなって(笑)。そういう身近さは新海監督の魅力の一つだと思いますし、その分、皆さんも新海さんの映画を自分にとって身近なものとして捉えることができるのではないでしょうか。」
木曽
「新海監督の次回作もすごく楽しみです。また一緒に作品作りができることをスタッフ一同期待しています!」
【インタビュー日 2011年6月27日
聞き手・構成:『星を追う子ども』宣伝スタッフ 三坂知絵子】 |