アフレコ演出は監督のイメージを声優さんに伝える「翻訳者」
■まず、アフレコ演出という仕事について教えていただけますか。
三ツ矢
「アフレコの際に役者さんに演出をし、監督が求める声の演技を引き出すという仕事です。普通だと"音響監督"といわれていて、セリフだけでなく音楽や効果音などを映像につけるダビングという作業もおこなったりするのですが、僕はダビング作業はやらない方針なので"アフレコ演出"と言っています。
新海監督は「このセリフはこうしゃべってほしい」と確固たるイメージをお持ちの方なので、その声の演技を声優さんからうまく引き出すために、僕が新海さんの言いたいことを理解し、声優さんに理解してもらえる言葉に翻訳して伝えて、新海監督が欲しいイメージを声として抽出するという役割ですね。
新海監督は非常に強い思いをお持ちですが、なかなかシャイな方なので(笑)言葉数は少ないんです。ですから、声優さんに監督の思いを理解してもらうために、監督の言葉を僕のほうで増幅して役者さんに伝えています。
そのために、まず録音に入る前の段階で、脚本を読み、できあがった絵を見て、新海監督とお話しをして、その作品に対して新海さんがどういうイメージを持っているかということを僕自身が総体的に理解しておく必要があります。この作品で新海さんがやりたいことは何なんだろう、と。その後、アフレコ現場に入って演出をしていく段階で、徐々に新海監督の言葉や思いを受けとめて細部まで理解していくというかたちになるので、アフレコ初日の最初の1、2時間というのは探り合いのような感じですね。
監督は、自分の頭の中にあるセリフのイメージと実際の声優さんの演技が違っている時には「もうちょっとだけこうしてほしい」とか「なにか、ちょっと違うな」というような言い方をすることが多いんです。僕も声優の仕事をしていますので、具体的に僕がセリフをしゃべり「こんな感じでやってみて」と声優さんにイメージを伝え、もう一度演技してもらいます。それで、新海監督が「いや、こっちの方向性じゃないな」と言ったらまた違う演技を引き出したり……ということを繰り返しているうちに、初日の1ロール(約20分)を録りきる頃に「ああ、新海監督は今回こういう方向性でやりたいんだな」と理解することができて、そのあとはスムーズに演出が進みますね。監督のイメージをより素早く声優に伝えられるようになりますし、逆に僕のほうから「今のはちょっと強いですよね」と監督に言ったり、そういう会話が成り立ってきます。」
■新海監督作品のアフレコ演出は今回で3作品目になりますが、これまでの作品と比べていかがでしたでしょうか。
三ツ矢
「やはり一番最初は初対面ということもあり、新海監督も僕も手探りの状態でしたね。まず1作品目の『雲のむこう、約束の場所』では、新海監督の要求が普通の声優さんがしゃべるような演技ではなく、俳優さんが声を担当していることもあり、ぼそぼそと小さな声でしゃべるやり方など通常のアニメ作品とは違う演技の引き出し方をしなければならず、僕としてはこの作品が一番難しかったです。新海監督がどういうクオリティを目指しているのか、この作品の世界観の中ではどういう声でしゃべるのか、それを理解するのには結構時間がかかりました。「これは普通のテレビのアニメーションとはちょっと違う感覚で取り組まないといけないな」ということを感じましたね。
2作品目の『秒速5センチメートル』は、新海監督がどういう方なのかある程度理解できていたので、こちらも下準備ができ、やりやすかったです。また、『雲のむこう』はSF要素など新海監督独特の複雑な世界観が強く出ている作品なので、台本を読んで絵を見ただけではちょっと分かりづらいところもあったのですが、『秒速』は時代設定が現代ということもありストレートに心に入ってくる物語だったので、「こういうことをやりたいんだな」ということをしっかり理解してアフレコに臨めて、スムーズに収録することができました。
そして今回の『星を追う子ども』は、現実ではない世界の話で、しかもメインキャラクターを演じるのがこれまでの作品とは違って声優の仕事をメインにしている方たちなので、「新海監督は今までとは全然違うものを求めてらっしゃるのかな」という戸惑いも少しありましたが、基本的には変わらない世界観、変わらない監督の想いがあり、それが今回はこういう形をとっているんだな、と受けとめました。
俳優さんがアニメの声を演じると、独特の味も出るし、声優さんにはない何かがあると思うのですが、一方、声優さんには「声優」の熟練した巧さがあると思うんです。新海さんが要求しているのは、その巧さであって、いわゆるアニメくささではないと思ったので、僕から最初に声優さんに対して「アニメアニメした演技をしないでほしい。あまりセリフを強調しすぎないで、ナチュラルな芝居をやってほしい」とお願いしました。結果的に、今回の声優さんたちは皆さんナチュラルな芝居がとても上手く、理想的なキャスティングだったと思いましたね。
スタジオでは、僕の隣りに座っている新海監督が声優さんたちの巧さに素直に感激して「うまいなあー」とか「すごいなあー」とつぶやく姿が新鮮でした。面白いセリフを聞いて無邪気に笑ってるんですよ。「なんで自分の作品なのに笑ってるんだろう」って思いましたけど(笑)。あんまりそういう監督っていないですよね。新海さんはすごく純真な目で自分の作品に関わってらっしゃるんです。自分で作っていて、何もかも知り尽くしているはずなのに、自分が一番喜んでる、みたいな感じ。それってなんか、すごくいいな、面白い人だなと思いましたね。クライマックスの井上和彦さんと島本須美さんの芝居を見て、新海監督が「いいですねえー」とつぶやいて悦に入っているので、思わず「お前の作品だろっ!」とツッコミたくなりました(笑)。」
山を登る息づかいをリアルに表現するために、体の筋肉を使って声を出すべし
■それぞれの声優さんに対して、どういった演出をなさったのでしょうか。まずアスナ役の金元寿子さんについて教えてください。
三ツ矢
「新海監督は金元さんに対して「あまり"萌え"のような演技をしないで、ごくごく普通の女の子として演じてほしい」と言っていました。でも時々、無意識のうちに"萌え"の演技になってしまうこともあって。それは彼女が悪いわけではないので、僕は「もうちょっとナチュラルに」とか「もう少しリアルに」とか、あるいは叫ぶシーンであれば「本当に叫ぼう」、泣くシーンであれば「本当に泣こう」と伝えました。「体をはって芝居をしようよ」という助言ですね。「どこかにぐっと力を入れないと、この芝居の息はできないよ」と。
今回はアスナが冒険する話で、山を登ったり、走ったり、飛び越えたり、というシーンが多いので、やはり体の筋肉を使わないとリアルに聞こえないんです。だから、「はっ」とか「えっ」とか、たった一言の掛け声にもすごくこだわり、「そんな声だと飛び越えてるふうに聞こえないよ」とか「そんな力じゃ山を登れないよ」としつこく言って、何テイクも録らせてもらいました。
最初は金元さんもとても戸惑っていたと思うんです。でもすごく頑張ってついてきてくれたので、アフレコが進むにしたがって、体がクッと動くようになったんですね。体の筋肉を使ってしゃべるようになった。そうやって五感を使って芝居を組み立てるようになると、声にすごくリアリティが加わってくるんです。
結果的に、アスナというキャラクターは、金元さんご本人のかわいらしさと芯の強さ、それに女の子特有のモロさが合わさって、すごく繊細な人間像ができあがったんじゃないかなと思います。」
■モリサキ役の井上和彦さんに対しては、どのように演出なさったのでしょうか。
三ツ矢
「井上さんと僕は同い年でほぼ同じ頃にデビューした同期のような間柄で、お互いに何も言わなくても分かる"以心伝心"のような感じがありますね。彼は、仕事として無難にまとめようという気持ちよりも、一人の役者として、毎回こちらの言うことに挑戦しようという意識を持っている方です。例えば、モリサキの一番最後の泣きの芝居は3回録り直したんですが、毎回毎回きっちり新鮮に果敢に取り組んでくれました。同期ですけどすごく尊敬できる人です。決して投げ出さず、ルーティンで仕事しない。役に入ろうとする意識がすごく感じられて、とても素敵だなと思いました。」
■入野自由さんはシュンとシンの二役でしたが、どのように演出なさいましたか。
三ツ矢
「入野さんとは何度も一緒に仕事をしたことがありますが、彼は児童劇団の子役出身ということもあり、演技のカンがよく、それほど声を作り込みすぎることがないんです。リアルな息づかいで、画面の中に自分がいるような気持ちで芝居をするので、非常に安心感がありましたね。
二役でしたが、彼が得意とする演技の範囲の一番端と端の部分を使って芝居をすれば、それほど苦労することなく絶対にできるはずだと思っていたので、何も心配していませんでした。
アフレコ現場では、逆に僕が「これでいいんじゃないかな」と思っても、入野さんのほうから「今の、もう一回録ってください」というアプローチがあったりしました。きっと井上さんや金元さんに対する僕のダメ出しを聞いていて、自分ももう少し上にいきたいと思ったんじゃないかな。そうであれば、彼はきっと今後も成長していくだろうなという気がしています。
僕も子役出身だったので分かるんですが、子役出身の人と、声優学校を卒業して声優になった人とでは、演技がちょっと違うんですよ。アニメ独特のしゃべり方や演技をするのが声優だと考えて仕事に臨む若い人が今すごく増えているんです。それはそれで、そういう表現が要求されるアニメもあるので、それ自体を否定するわけではないんですが、新海監督が要求しているのはそういう芝居ではなくて、もっと生の、リアルな、普段みんながしゃべっているような芝居なんです。そういう意味でも、入野さんというキャスティングは非常によかったですね。」
■芝居の演出以外の時に、声優さんに声をかけたりすることはありますか。
三ツ矢
「ほとんどそういうことはないですね。僕は体育会系ではないので、「いくぞー!」みたいな掛け声をかけたりすることは全くありません。スタジオの中はいい意味で緊張感を保ちたいんですが、ガチガチに緊張しすぎるのもよくないので、そういう人がいたら笑いをとって緊張をほぐしてあげることはあります。いい緊張感の漂う場の空気を作ることも、音響監督の仕事かなと思います。
今回は、井上和彦さんが全体の空気をキュッと締めてくださっていたので、井上さんの演技のレベルに金元さんや入野さんが追いつこうという、そういうガッツみたいなものはスタジオの中にあったように感じましたね。
今回のキャストの中にはベテランの声優さんも新人の若い方もいましたが、皆、『星を追う子ども』の絵の中から漂ってくる監督独特の世界観や表現を感じ取って、「これは娯楽作品というだけでなく、なにかワンランク上のものを目指して作った芸術品かもしれない。そこに応えられるように頑張らなければ」という雰囲気がキャストの中にありました。皆のテンションが一つ上にあるなという気がしましたね。
僕自身は自分に要求された役割を精一杯やっただけですので、最終的にワンランク上にいけたかどうか、結論としては分からないですし、作品を評価するのは観客の皆さんなので、真摯に皆さんの感想を待ちたいと思います。だけどやはり僕にとっては、キャストやスタッフの「一つ上にいこう」という気持ちは嬉しかったですし、そういうみんなの取り組み方の意義は非常に大きいと思いますね。」
自分の作品と真剣勝負! よりよいものを生み出すために、客観的に作品と向き合う
■今回のアフレコ収録はどれくらいかかりましたか。
三ツ矢
「3日間です。最初にスケジュールを聞いた時、僕としては「えっ、3日もかけるの?」という気持ちでした。普通はこのぐらいの長さの映画だと長くて2日。1日で録っちゃう場合もあります。昔は2時間の洋画の吹き替えを必ず1日で録っていましたし。ただ今回に関しては、別録りも多かったですし、ケツァルトルや夷族など"この世のものではないもの"がいろいろ出てくるので、その声をどうするのかということも挑戦でした。ある意味、一つも妥協しないですべてを録りきるためには3日間は必要だった、と最終的には分かりましたね。
"この世のものではないもの"の声は、監督のイメージに近づけるためにミキサーさんが声を加工するんです。僕は声優さんから声をもらうだけなので、ミキサーさんがそれをどう加工するとどういう声になるかということは僕にも分からないんですね。ですから、いろんなパターンの声をもらって、加工して聞き比べてみる、というような工程に時間をかけるためにもやっぱり3日間あってよかったなと思いました。
3日間、最後の最後までねばったという感じですね。最終日の終了時刻は夜の12時。妥協することなく、本当にギリギリまでねばりました。」
■別録りもあったとのことですが、最終日の一番最後に録ったセリフは何ですか。
三ツ矢
「アスナの最後のセリフ、「行ってきます!」です。実はこのセリフはすでに2日目に録っていたのですが、やっぱり最後にもう一度だけ録ってみましょう、ということでこの一言だけ録り直したんです。この時の金元さんのセリフの言い方が非常によくて、新海監督はもう大喜び! 異常に興奮していましたね。逆に金元さんの方があっけらかんとしていたぐらい(笑)。彼女はきっと、最後の「行ってきます!」で、完璧に役になれたんです。もちろんそれまでもアスナを演じていたんですけど、ずっと彼女はなんとかして役に近づこう近づこうと努力して作っていた。だけど最後の「行ってきます!」の時は、何も考えずに、何も気負わずに、迷うことなくスウッと出てきた言葉が役のセリフになっていたと思うんです。監督がものすごく喜んでいる姿を見て、「ああ、彼女が新海監督の望む役になることができて、物語が終わったんだな」と感じましたね。
3日間の収録の最中、僕は金元さんに対して「もっと普通に」「もっと自然に」「もっと声を出して」「もっと叫んで」って、"もっと""もっと"と何度も要求していたので、彼女自身すごく苦労しただろうし、結構しんどかっただろうなと思います。でも、それが血となり肉となり、役作りに反映して、最後には"もっと"ということを考えなくても役としてポンとセリフが言えたんじゃないかなという気がします。」
■収録現場で「新海監督、これまでと何か変わったな」と思われることはありましたか。
三ツ矢
「いや、基本的にはやっぱり変わっていませんでしたね。新海さんは一生変わらないんじゃないかと思いますよ(笑)。もちろん表面的な部分での変化はあります。例えば1作品目の時よりも3作品目のほうが仲良くなった分、ラフに話せたり、言いにくいことも言いやすくなる関係になっている、とかね。でも作家としての新海監督のあり方は、もちろん進歩しているけれど、基本的には同じ線路の上を走っているように感じます。「あっ、変わった」ということよりも「ああ、やっぱり新海さんらしいな」と思うことのほうが多いです。
まず、ずっと変わらず、すごくシャイですよね。僕と話す時も、あんまり目を見て話してくれないんですよ(笑)。しゃべるときもボソボソッと言う感じです。それと、もしかしたら監督自身の中では激しく心が動いているかもしれないですけど、パッと見はあまり激することもなく、淡々と冷静に現場にいる方ですね。そして、ご自分の作品に対して本当に真面目すぎるくらい真面目に向き合ってらっしゃる。まるで自分の作品と真剣勝負しているみたいな、そういう意思の強さ、内に秘めたる闘志のようなものを感じます。それはずっと変わらないですね。」
■どのようなところに、自分の作品と真剣勝負している様子を感じられましたか。
三ツ矢
「収録に入る前の段階で、きっと新海監督の頭の中には、一つの完成形ができあがっていると思うんですけど、「このやり方以外は絶対にイヤだ、認めない」ということではなく、他動的な力もすごく認める方なんです。
アフレコで、声優さんが監督の想定外の芝居をした時に「あっ、こういう芝居もありだな」と思ったら、彼の中で作り上げていたイメージが変わって、いわば化学変化を起こすと思うんですよ。「ここがこうなると、ここもこう変わる、あそこもこう変わる」というふうに、彼の中でのイメージがどんどん変わっていく。いい意味で化学反応が起きれば、それをちゃんともう一度自分の中で変換して、きちっと立て直すことができる人なんですね。
だから例えば、アフレコ終盤にセリフを録った後で、ずいぶん前に録り終えたセリフを録り直してくれと言われることがあります。普通はそんなに前のシーンに戻って録り直すことなんて滅多にやらないんですが、新海監督にとっては、最初の時点では自分の思う通りのセリフだったんだけど、後のシーンで声優さんが演じた芝居がすごくよかった、それは自分の想定外だった、そうするとこの前のセリフがもっとこうなったほうがいいんじゃないかな、というふうに考えてらっしゃるんだと思います。
そういう意味では、彼は自分の作品の真ん中に入り込んでいないんです。入り込んでしまうと対面することができなくなるから、真剣勝負できない。全体をすごく客観的に見ながら、主観を持っている監督です。主観的に自分が「こういうふうに作ろう」と思っているものを自分の目の前に置いて客観的に見ながら、別のものをいいと思ったらそれを微調整するという、そんな感じです。」
アフレコ演出よりも声優としてこの作品に参加したほうが、千分の一、楽だった……かも!?
■新海監督が収録中に「これでいいかどうか」と迷っていることもありましたか。
三ツ矢
「ええ、ありましたよ。そういう時、僕は何も言いません。僕の役割はあくまでも新海監督の翻訳者であって、新海監督の言葉や想いを声優さんが分かる言葉にして伝え、監督の欲しい演技を引き出すことですから、僕が口を出すべきことではないことには、一切口を出しません。
もちろん、新海監督から「今のセリフ、どう思いますか」と聞かれた時には「いいと思いますよ」とか「もう一回録りましょう」というふうに伝えました。僕としてはできるだけ新海監督にしっかりと納得してもらいたかったので、悩む時にはもう一度録るようにすることが多かったです。
でも、声優さんにとっては、何度も同じシーンを演じることはとても大変なんです。中でも特に"泣きの芝居"や"怒鳴る芝居"、"戦う芝居"というのは体力も精神力も使うし、すごく疲れます。僕は声優もやっているのでその大変さが分かっているのですが、新海監督は声優ではないので声優の心理は分からないですよね。声優さんがどんなに疲れようがくじけようが、自分が「OK」と思うまで録り続けるし、何度も「もう1回録り直していいですか」とおっしゃってくるんです。
もちろん、声優の仕事は監督から求められている声の演技を与えることなので、みんなすごく頑張ってやるんですけど、何度も録り直しているうちにどうしたらいいのか分からなくなっちゃう人もいるんです。いわばドツボにはまった状態ですね。そういう時は「ちょっと休憩をとりましょうか」とか「別のシーンを録ってからこのシーンに戻りましょうか」とか、僕なりに声優さんの心理に寄り添って、気を遣いました。」
■どういった理由で録り直しをすることが多かったのですか。
三ツ矢
「新海監督の録り直しの指示は、ものすごく微妙なことだったりするんです。「もう少し悲しく」とか「もうちょっと怒って」とか。言ってしまえば「別に今のでもいいんじゃない?」っていうくらい微妙な差異なんですけど、監督にとってはその「もう少し」っていうのがとても大切なんだろうなと思うんです。その指示を声優さんに伝えるのが僕の仕事ですから、「何度も何度も申し訳ないんですけど、もう少し悲しんでやってもらえますか」とエクスキューズしながら、あまりプレッシャーを与えないような言い方をするように心がけました。やはり役者さん一人一人性格が違うので、言い方には気を遣いますね。何度も何度も同じことをやってもらうというのはとても大変なことなんです。
だけどやっぱり新海監督がOKを出さないと、そこはOKを出せないわけです。逆に僕が「もうちょっとこうしたほうがいいんじゃないかな」と思ったとしても、それはただ僕なりの作品に対する見方であって、監督がOKと言えばそれはOKなんです。これはあくまでも新海監督の作品なので、監督が一つ一つ納得することが大事なんです。ですから、「うん、いいですね」と納得してもらえるまで、何度もテイクを重ねました。」
■三ツ矢さん自身、声優とアフレコ演出とでは、やはり作品に対する取り組み方が違いますか。
三ツ矢
「それはもう全然、気持ちが違いますね。声優をやっているときは、究極的には自分のことだけ考えていればいいわけで、スタジオに行って、自分の役のセリフだけしゃべって、他の人がしゃべってるときは休んだりボーッとしたりすることだってできます。
だけど、音響監督は一秒たりとも気をゆるめることができないので、声優の仕事と比べて百倍以上疲れますね。……いや、千倍以上かもしれない。音響監督をちゃんとやろうとすると本当に大変です。
音響監督といっても、テレビのレギュラー番組の場合だと、声優さんたちはみんな役ができあがっているからアフレコはだいぶ楽なんです。もちろん100%の神経で全部の役を見なくちゃいけないので、疲れることは疲れるんですが、こちらが指示する前にみんなやってくれるから、僕はただ流れを作ればいいだけなんですね。あとは「キャラの口の動きと声が合わなかったな」とか「ここはもっとこうしたほうがいいんじゃないかな」というところを僕が判断して、監督と相談して決めていくぐらいです。
でも今回のような作品では1から役を作っていかなきゃいけないし、その上、音響監督は声全体を見る仕事ですから、全部の役を見なくてはいけないわけです。今回参加している声優さんの中には、新人やまだそれほど慣れていない人もいました。キャリアの差でセリフの質感が変わってくるので、全体を通して一つの作品としてまとめあげるために、すごく神経を使いました。
人を育てるという意味でも、若い人たちが今回のような作品に関わるということはとても大切だと思います。ただ、やはりそういう人たちのレベルアップをすることは容易ではありません。新人の場合、たとえ3行くらいのセリフでも、一言ぐらいずつ録ることもあります。昔と違って今はデジタルで収録するので、後で良い部分だけを切り貼りすることができてしまうんです。そうやってつなげたセリフを監督に聞いていただいたりもしました。
こんなふうに細かく細かく神経を使うので、こういった劇場版の音響監督というのはものすごく疲れますね。声優としてこの作品に出ていたほうが、千分の1、楽だったかもと思っちゃいます(笑)。」
新人を育てることは天職! でも、親離れしていく時にはやっぱり少し寂しくて……
■新人を育てるというお話がありましたが、三ツ矢さんは劇団や養成所などでも新人を育ててらっしゃいますね。
三ツ矢
「僕は、自分で言うのもヘンですけど、新人を育てるのは上手いですよ。天職の一つかなって思っています。人を育てることはすごく大変なことだし、責任もあることなんですけど、自分の仕事のパーセンテージのうちの何パーセントかは新人育成という仕事に割り当ててもいいかな、と思っているほどです。
僕も昔は新人だったわけで、仕事場という環境によって育てられてきました。だから、自分たちが育てられたように新人を育てるということも、今僕たちがやらなきゃいけない仕事の一つとして考えています。それは、僕が音響監督をやっているから特にそんなふうに思うのかもしれません。生涯役者だけをやり続ける方ももちろんいらっしゃいますけど、僕みたいにこうやって音響監督や芝居の演出をやるということは、必然的に新人の子とも関わることになるので、やはり責任をもって新人を育てていくことも大切な仕事の一つだと思うんです。新人を育てるということは、ある意味、その子の親代わりになるということです。とても生半可な気持ちではできません。僕は「この子いいな」と思った子は、自分が関わっている作品で何度も使うんですね。使っているうちにその子がもっと良くなっていけばいい。そうやって現場で育てていっています。
声優を目指している人が、最初の糸口として僕を利用してもらっても全然構わないです。僕は年齢もだいぶ上のほうになっちゃったし、知り合いもたくさんいるので、今はおそらく人脈の大きな流れの一つになっていると思います。だから僕と知り合うことによって、どういう人脈が広がっていくかということが新人にとっては大事なことだし、僕がいい人脈を持っているかどうかということもその子の仕事に影響してくると思うので、僕自身やはり出会いは大切にしたいですね。」
■三ツ矢さんが新人のときに影響を受けた方は。
三ツ矢
「僕は永井一郎さんに勧められて声優業界に入り、「超電磁ロボ コン・バトラーV」というテレビアニメで声優デビューしました。僕は子役出身だから、演じるということ自体は分かっていましたが、どうやって絵に合わせて声の演技をするのかということは知らなかったので、先輩方の背中を見て教わりました。なにせ新人は僕一人だけで、僕以外のレギュラー出演者は野沢雅子さんや富田耕生さんといった業界の重鎮の方々ばかり。先輩方の演技は本当に巧かったですし、オンエアを見て自分一人だけ下手で落ち込んだりもしました。その後「超人戦隊バラタック」や「キャンディ・キャンディ」など、同世代の声優さんが出演している作品に出て、そこで井上和彦さんや水島裕さんに出会い、お互いにしのぎをけずるようになって、そうしてここまで来れたかなと思います。
ですから、僕を声優界に入れてくれたのは永井一郎さんで、野沢雅子さんや富田耕生さんに現場で教えていただき、「スラップスティック」という声優バンドをやっていたときにはバンドのプロデューサーである羽佐間道夫さんにすごくお世話になり、20代のときにオペラハウスという劇団にいた頃は、もう亡くなられたのですが放送作家の榎雄一郎さんにすごくかわいがってもらいました。その後、自分で劇団を作った時期にはアニメプロデューサーの片岡義朗さんに「さすがの猿飛」「タッチ」「キテレツ大百科」といったアニメーション番組にずっと出させていただき、「るろうに剣心」で片岡さんが僕を音響監督として初めて使ってくださって、それが今の仕事につながっている。そう考えると、本当にいろんな人に育ててもらって、場を提供してもらって、今の自分がいるんだなと思いますね。そういう意味でも、人脈ってすごく大切です。人脈が一つ違ったら、今の自分はいなかったでしょう。最初に永井さんに声優の仕事を紹介していただいた時も、飲み会に行かなければ永井さんには会えなかったし、その飲み会に行けよって言ってくれたバイト先の社長さんがいなければ僕は飲み会に行かなかったと思うし。「ほんとにささいなことで人生が決まっていくなあ」という気がします。
また、今だから思うんですが、そうやって色々と紹介してくれた人も、僕がどんどん巣立っていって違う場所で仕事するようになることに対して、"子離れ親離れ"のような寂しさがきっとあったんだろうなって感じますね。「スラップスティック」をやめるときにも、羽佐間さんはすごく悲しい思いをされたんじゃないかな。でも当時の僕は「新しい道に向かって進んで行くぞ!」という気持ちでいっぱいだったから、そこまで分からなかったんですよね……。
自分で劇団を作って20年になるんですけど、そこから一人前になって仕事をしている子が何人もいます。新人の子はある程度できるようになると、親元を離れて、より違う環境で揉まれて大きくなっていくんですよね。それがちょっと寂しくて悲しかったりもするんですけど、そうしないとその子はもっと大きくなれないのでそれはしょうがないことだと思うし、"因果は巡る"というか、自分がしたことは自分に跳ね返ってくるんだなあと感じます(苦笑)。
だけど、やっぱりずっと同じ場所で同じことを繰り返していても意味がないので、親離れをする時に最終的には自分で自分の責任をとって、一人前になるという意識が大切だと思います。僕なんかも、自然にそうなっていましたからね。僕たち世代の声優さんは、これまでどう生きてきたかというのが今の結果となって出ているんだと思います。役者は、新人の頃は右も左も分からない状態ですが、右と左はこっち、前と後ろはこっちということを教わったら、自分から動いていくものだと思うんです。結果的にそういう人がこの世界で生き残っていくと思いますし、自己プロデュースできるかどうかというのはとても大事なことです。」
■三ツ矢さんがお仕事をされる上で、心がけてらっしゃることはありますか。
三ツ矢
「ちょっとナマナマしい言い方になりますが、僕のモットーは、「必ずギャラ以上の仕事をする」ということです。120%の力を出せば、20%分は後で自分に返ってくる。逆に80%しか力を出さなかったら、相手は「なんだ、この程度か」と思うでしょう。ギャラ以上の仕事をしたら相手は「得した」と思って次もまた使ってくれるかも知れない。でもギャラ以下の仕事をすると相手は「損した」と思ってもう使ってくれないでしょう。
とにかく、ギャラ以上のことをやるという意識でやれば、何でも続くかなという気がしています。僕の養成所には今も350人の生徒さんがいて、しのぎをけずっています。生徒さんからはお月謝をいただいていますが、僕は「月謝以上のものを教える」というつもりでやっています。そうすれば「たくさん教えてもらえて得したな」と思ってもらえるでしょう。だけどもし、適当に2時間教えて「はい、おつかれさまでしたー」なんて言えば、生徒さんは不満を持って、もう来なくなっちゃうでしょう。
養成所にはいろんな生徒さんが来ています。本気で声優になりたいという子だけでなく、中にはなんとなくアニメが好きだからという理由で来ている子もいます。でも、どういう気持ちで来ている子に対しても、こちらとしては同じ気持ちできちんと正しいことを教えていくことを真面目にバカ正直にやり続けていけば、きっとそこがその子たちの"場"になるんですよ。ある生徒さんのお母さんから「全然学校に行かなかった我が子が、三ツ矢さんの養成所だけには嬉々として行くんですよ」と言われたり、別の生徒さんが「ずっと自分の居場所がなかったんですけど、劇団に入って芝居を始めて、ようやく自分の場所ができました」と言って頑張っていたりするのを見ると、"継続は力なり"というか、続けることに意味があるなと思いますね。
今後も僕は、"出る杭は打たれる"ではなくて、"出る杭は見上げられる"みたいな感じで、いつまでもとんがって、ちょっと出る杭でいたいですね。叩かれるんじゃなくて、ちょっと見上げてもらいたいな、というような意識で。ヘンにペコペコしていてもいけないし、かといってヘンにふんぞりかえっていてもいけないし、ちょっと出ている杭でいたいなと思っています。」
■完成した『星を追う子ども』をごらんになられてどのように感じられましたか。
三ツ矢
「もう収録の終わった作品なのでわざわざ反省しようと思って見るわけではありませんが、やはりプロの目として「ここはもっとこうすれば良かったかな」と思う箇所もあります。でも、お客さまは作品全体としてどうかという視点で見ているわけですから、一つのせりふにこだわるのは僕の仕事ゆえだと思いますね。収録時には結構順番はバラバラで録ったので、一つの流れとしてつながっているのを見るとやはり感動します。新海監督の素晴らしい作品に関われた喜びの気持ちはすごく強いです。自分の名前がエンドロールに出てくるじゃないですか。「アフレコ演出 三ツ矢雄二」と。そうするとね、感動して、ちょっと泣けるんですよ。ああ、関わることができたんだ、良かった、こうやって残っていくんだなっていう気持ちがわいてくるんです。
新海監督にはすごく感謝していますし、また新海監督にも感謝してもらえるように、これからも頑張って仕事していかなくてはと思っています。一つ一つの仕事を丁寧にやっていくことで次がつながる、というのは、僕の人生の哲学、座右の銘のようなものです。新海監督とのつながりも、きっといろいろな巡り合わせで僕にお話がきたんだろうと思いますから、それは光栄なことですし、今まで頑張ってきてよかったなと思いますね。僕にとって、『雲のむこう』、『秒速』、そして今回の『星を追う子ども』という3作品は財産であり、僕の生きてきた証です。今後もまた機会があれば新海監督と一緒にお仕事できたらと思っています。
ぜひ『星を追う子ども』をたくさんの方に見ていただいて、新海ワールドを楽しんでもらいたいですね。そして、アニメーションにはたくさんの可能性があるんだということを感じていただけたら、これほど嬉しいことはありません。」
【インタビュー日 2011年6月22日
聞き手・構成:『星を追う子ども』宣伝スタッフ 三坂知絵子】 |