新海監督からのスタッフインタビューコメント、
今回は#11から#17までのコメントをご紹介します!
#11 熊木杏里 (主題歌)
熊木さんにお会いするまでは、シンガーソングライターの方がこれほどまでに密に熱心に、作品世界とその制作現場に入ってきてくださるとは想像もしていませんでした。熊木さんの曲には静謐なイメージがありますが、実際にお話しするととても気さくでチャーミングな方なんですよ。お酒にもおつき合いくださるし(笑)、アニメ制作の狭くて散らかった現場にもたびたび足を運んでくださるから、こちらもつい気安くなる。でも歌ってらっしゃるお姿を見ると圧倒されます。歌っている熊木さんはまさに全身が楽器のようで、凛とした気品が眩しく光っているみたいで、同じ人間じゃないみたいに思えます。
「Hello Goodbye & Hello」以外の主題歌は今では考えられませんが、でもこの曲を最初にいただいたとき、実は僕は歌詞がちょっとストレートすぎるかなと思ったんです。映像で二時間かけて語っていることを一言で端的に表しすぎてしまっている気がして、もうすこし別の歌詞があり得るんじゃないかと熊木さんに相談したりもしました。でも本編映像が出来上がって、実際にエンディングに曲をあててみたらすごく良かったんです。二時間の出来事をこの曲の歌詞が優しくくるんで、観客の胸にうまく納めてくれるんですね。感服しました。主題歌を本編から切り離された単なるタイアップにしたくないという気持ちは最初から強くあったんですが、ここまでしていただけて……作監の土屋さんと同じように、もっとお仕事でご一緒させていただきたいですね。
#12 多田彰文 (編曲・アレンジ)
多田さんはカッコイイ大人です。どんなときも落ちついた柔らかい喋り方で、冗談なんかもよくおっしゃるんですが、でも仕事に向かうと眼差しが鋭くなる。きっと人に対しては温和で、ご自身に対しては厳格な方なのだと思います。全BGMのアレンジと一部作曲をしていただいたんですが、僕は本格的にアレンジャーの方とお仕事をするのは今回が初めてでしたので(前作までは天門さんだけとのやりとりでした)、多田さんのお仕事を目の当たりに出来たのは大きな刺激でした。とにかく引き出しがとても豊富な方なんです。例えば打ち合わせで僕が抽象的なリクエストをすると、さっとiPadを取り出して即座に音楽にしてくださるんですね。そんなことされたら惚れてしまう! と何度か思いました(笑)。
天門さんと多田さんのやりとりも見ていて楽しかったですね。お互い謙虚で……天門さんは今回の音楽的貢献は多田さんの力だとおっしゃっていて、多田さんはこれは天門さんの曲ですとおっしゃって。ただとにかく、僕も天門さんも多田さんを頼りにしてずいぶん甘えてしまっていたように思います。最後は多田さんがなんとかしてくれますよ、うんそうっすよね、というかんじで。こんなの読まれたら怒られるかな(笑)。
#13 肥田文 (編集)
「編集」という作業は、僕の今までの作品ではなかったんです。絵コンテの段階でムービーにしていたので、そこで編集に相当する作業を自分でやってしまっていたんですね。しかし今作では、「日本のアニメの伝統的な作り方で完成させてみる」ことを個人的な目標にしていました。ですから、編集作業もプロの編集マンである肥田さんにお願いしたんです。
実際に肥田さんと一緒にやってみて、なるほど目から鱗が落ちることがたくさんありました。編集マンというのは作画も音楽も直接には携わらないぶん、いわば最初の観客なんです。こちらとしては一年間の作画作業でフィルムに対する客観視点がずいぶん失われてしまうんですが、そこを編集作業がぐっとカバーするわけですね。そして肥田さんの作業と言葉と雰囲気には、ご経験に裏打ちされた説得力があるんです。判断に迷うたびに僕は肥田さんに意見を求めるわけですが、彼女の言葉は疲れた脳にまるで神託みたいに響くんですね。「ここはこうすべきです」「はい、おっしゃる通りです」というふうに(笑)。こちらが素人のぶん肥田さんにはご迷惑と戸惑いをおかけしたと思うんですが、とにかくとても助けられました。
ちなみに肥田さんは、声優の金元さんと主題歌の熊木さんにご容貌がどこか似てらっしゃいます(主観)。飲み会では三人並んで座ってもらって、ほら似てるでしょうとスタッフで盛り上がっていました(笑)。限定版Blu-ray特典のメイキングにちょっと映ってらっしゃいますよ、後ろ姿ですけど。
#14 竹内良貴 (CGチーフ)
竹内くんと最初に会ったのは「秒速5センチメートル」の制作現場で、そのとき彼はまだ学生アルバイトだったんですが、最初からとても優秀な人でした。最初は背景美術スタッフとして入ってもらったんですが、3DCGも出来ると言うので任せてみたらそれもとても上手くて。しかも速くて、学生だったからまあ、人件費としても安かった(笑)。なんて(こちらにとって)おトクな人なんだ! と(笑)。さらに歳に似合わない沈着さも備えている。「こういう人がチームにいてくれたら」と思い描いていた人そのものでした。
今作は作画と美術からのスタートでしたので制作開始時点ではCGチームはなかったんですが、最初から竹内くんの参加をアテにして席を空けていました。ともかく美術が描けて3DCGも出来る、さらに彼は自主制作で自分の作品も作っていますから、作劇やレイアウトも出来る。今作のような2Dアニメーションの中で3DCGを扱うには絵作り全般への知識が必要で、そこを竹内くんにやってもらえるのならば不安はないと思ったんですね。さらに粟津さんと河合さんにも入っていただけて、贅沢な布陣だったと思います。ですから今回のCGについては僕はもう眺めていただけというか、何もせずに出来上がってきたものを「すごいねー、いいねー」と言っていただけでした(笑)。
また、僕も二十代の頃に自主制作をやっていたから竹内くんには勝手にシンパシーを抱いてるんです。当時の自分は既存の作品に何か物足りなさを感じていて、だから自分で作品を作っていたように思います。だから竹内くんも、もしかしたら「星を追う子ども」に思うところがいろいろあるかもしれない。だとしたら逆に嬉しいなと思います。僕の作品に参加してくれたことが、竹内くんの新しい作品に繋がるかもしれませんから。
#15 中田博文・岸野美智・岩崎たいすけ (原画)
メインの作画スタッフとしてスタジオに通っていただきました。アニメーション制作には多くのスタッフが関わりますが、僕が接していて最も緊張するのが作画の方々です。僕自身にアニメーター経験がないからです。自分には描けないものを、たいへんな手間をかけて描いていただいているという意識が常にあります。だから修正をお願いするにしても言葉を尽くして筆を尽くしてなんとか納得してもらわなければならない。表面的には和やかな現場だったかもしれませんが、僕にとっては作画スタジオはとても緊張する場所でもありました。
中田さんは百戦錬磨のとてもパワフルな方です。他の人の二倍、三倍のカット数を一気に受け持ってくださる。しかも、カット毎に中田さんからの新たな提案が盛りこまれてくる。時には絵コンテの意図から外れることもあって、そこは互いに意見を戦わせるわけですが、中田さんのそういう提案自体が嬉しかったし、とても勉強にもなりました。
岸野さんにはアスナの生活芝居を多くご担当いただきました。地味だけど手間のかかるカットが多かったはずです。いつも黙々と作業なさっていて、こちらが求める要素はすべてきちんとカットに収めてくださる。その線がとても優しげで、紙をめくっていると安心するような気持ちになるんですね。お人柄そのままの絵です。
岩崎さんの作画には、今っぽい作画の格好良さと、トラディショナルな作画の品の良さとが同居しています。どのようなシーンにも──例えばシンと老人との草原での会話、シンと隊長の格闘シーン、そのどちらにも岩崎さん独特のシャープさと柔らかさがあって、得がたい才能だと思いますね。かつ、岩崎さんはスタジオの癒やし系でもありました。男性なんですけど、お茶を飲んでいるだけでもなんだか可愛いんです(笑)。スタジオでの緊張が岩崎さんのおかげでどれほど和んだことか!
#16 池添巳春・本田小百合・青木あゆみ (美術)
背景美術の三人娘ですね。ええと、今回は作画と美術のスタジオが別の場所にありまして、僕は作画スタジオに席があったんです(現在は同じ建物内に統合されました)。そして美術の進行については美術監督の丹治さんにお任せしていて、打ち合わせや修正等のやりとりはすべて丹治さん、馬島さん、廣澤さんを通じて行っていました。ですからそれぞれの美術スタッフがどのカットを描いたかというのは把握していないんです。美術スタッフたちとは楽しくお酒を飲んでいた記憶がほとんどです。なんだよー! という彼女たちの声が聞こえてきそうですけど、すみません(笑)。
廣澤さんと馬島さんの回にも書きましたが、池添さんと本田さんと青木さんについても、美術スタッフというのはアニメーションだけではない自分の世界を持っていらっしゃると感じます。ですからインタビューを読むのがとても楽しかったですね。ご自身をゆとり世代だと言う本田さんも、ヨガボールに座って美術を描いていた池添さんも、幼少時に園長先生から甘納豆をもらったことが今につながっているという青木さんも、そんなふうな物言いも含めて素敵だなあ、格好いいなあと思うんですね。だって、今作に参加したばかりの頃はパソコンの電源が分からないとかタブレットを使ったことがないとかそんな状態からだったのに、今ではすっかり主力スタッフとして周りから頼りにされる存在です。そういうさりげない凄みが彼女たちの魅力です。
#17 渡邉丞・滝口比呂志・泉谷かおり (美術)
滝口さんは僕たちの美術チームにとって、初めて外部(プロの現場)から入ってきてくださった方ですね。その意義も刺激も大きかったはずです。上でも言ったように僕は美術チームは丹治さんにお任せしていたので、美術スタジオにはあまり立ち寄らないようにしていたんです。美術スタッフ間でしっかりしたチームワークが出来上がっていたので、僕が行ったらかえってノイズになるんじゃないかと思って……言い訳だって言われますけど(笑)。それでも時々は美術スタジオに行くんですが、そのときは滝口さんの描き方をこっそりと後ろから覗いて、プロはすごいなーって思っていました。僕たちもプロなんですけど、美術に関しては最初からほぼ全員が独学、未経験でしたから、滝口さんの作業は刺激的だったんですね。逆に滝口さんにとっても、今作の現場から何かすこしでも得ていただけたものがあれば嬉しいのですが。
渡邉くんは以前から活躍してくれている美術スタッフで、とにかく緻密な絵を描いてくれるんです。「雲のむこう、約束の場所」の冒頭に新宿駅西口のカットが出てくるんですが、渡邉くんの美術の描き込みに当時圧倒されたことが今でも記憶に残っています。今作では美術のタッチを意図的に変えてもらったんですが、その現場を終えて彼の力量はさらにぐっと凄みを増したという印象がありますね。いつのまにか「頼れる男!」という風格を身につけています。まだまだお若いし、これから彼がどのような仕事をしてくれるのか本当に楽しみです。
泉谷さんも、とても強い印象を会った人間に残す魅力的な女性です。インタビュー記事でも答えてらっしゃいましたが、彼女はパソコンで絵を描くということについて完全にゼロの知識で「秒速5センチメートル」の現場に入ってきたんですね。プロデューサーは「面白いから雇ったよ」と言うんですが、それはまあ面白いけど(笑)、この忙しいのに教える身にもなってくれ、と。でもアナログでの感性は素晴らしいからこちらも一生懸命教えていたら、彼女も色々悩んでいたらしく辞めてしまったわけです。僕はショックで、その晩は馬島さんと近所のバーにお酒を飲みに行って、何が悪かったのかと反省していたんです。でもその後きっちりと戻ってきて(笑)、今作では現場を大いに助けてくれて、今では他のアニメーションの現場でも活躍なさっています。
それぞれ皆、僕にとっては眩しい存在です。 |