実は『ほしのこえ』以前からの筋金入り新海作品ファン(三木)
ネットニュースで新作制作を知り、監督あてに「お元気ですか」とメール(市川)
■これまで、どの新海作品に関わっていらっしゃいますか。
三木
「『雲のむこう、約束の場所』での撮影補佐の仕事に続き、今回が2作品目です。『秒速5センチメートル』は一ファンとして楽しませていただきました(笑)。今回は、最初は色彩設計補佐として、その後は撮影として参加しました。」
市川
「私は専門学校2年生の時に『秒速5センチメートル』と「信濃毎日新聞TV-CF」で仕上げ(彩色)の学生インターンとして参加し、今回は撮影をやらせていただきました。」
■新海作品と出会ったきっかけについて教えてください。
三木
「もともと私は、『ほしのこえ』以前からの新海さんファンなんです。父親がパソコン好きだったので、高校の頃から父のパソコンを使わせてもらって自分のホームページを作ったりしていました。絵を描いている人のウェブサイトを見るのが好きで、ネットサーフィンしている時にたまたま新海監督のホームページを見つけました。そこで『彼女と彼女の猫』や『ほしのこえ』のパイロット版などを見て「すごいセンスだ!」とびっくりして、即ブックマークしました(笑)。その後、上京して美術系の専門学校に入学した頃『ほしのこえ』が劇場公開されていることを知り、下北沢トリウッドに見に行きました。「これを一人で作ったのか……。絵作りのセンスがハンパじゃなく上手いなあ。CGでここまでできるんだ!」と本当に衝撃的でした。当時私が通っていた学校はアナログで描く絵の学校で、水彩の勉強などをしていたんですが、個人的に「コンピュータでどこまで表現できるだろうか」と模索していた時期なので、技術的なところに目がいきました。しかし、いろいろ考えても調べても結局どうやって描いているのかさっぱり分からず、「技術うんぬんというよりも、もはやセンスの問題なんじゃないか……」と打ちのめされましたね(苦笑)。
ちょうどその頃、知人を通じてminori(ゲームソフトメーカー。元は、『星を追う子ども』の制作会社コミックス・ウェーブ・フィルムの前身である(株)コミックス・ウェーブのソフトウェア事業部ゲームブランド)で色塗りのバイトをしていました。いろいろあって専門学校を中退し、「どこかに就職活動しなきゃ」と私が言っていたら、minoriの上司が「ウチがあるじゃないか」と言ってくださり、コミックス・ウェーブの別の部署を紹介してくださったんです。そこはアミューズメント事業部というところで、ぱちんこの液晶画面に映る映像を作る仕事でした。そこに就職してしばらく働いていたのですが、少し仕事の手が空く時期があり、その時に同じ会社のマーチャンダイジング事業部にいた新海監督作品のプロデューサーから「ちょっとうちの手伝いしてくれない?」と声をかけられたんです。「どんな仕事をやるんですか?」と聞くと「新海監督の撮影の手伝いです」とおっしゃって「ええっ、新海さんって、あの『ほしのこえ』の新海監督ですか!?」とビックリ!」
■同じ会社で新海作品を作っているということをご存知なかったのですね。
三木
「ええ、部署が分かれていたので他の部の仕事内容をよく知らず、まさか自分のいる会社が新海さんとつながっているとは想像もしていませんでした。新海さんの仕事を手伝えると思うとすごく嬉しかったのですが、上司から「ファン感覚で仕事をやってはいけないよ」と言われ、「ドライに!冷静に!」と自分に言い聞かせました(笑)。でもその頃はまだアニメの仕事について全く知らなかったので、「撮影って……カメラで何を撮るんだろう?」と不安になりました。一応、プロデューサーが仕事内容を説明してくださったんですが全然理解できなくて「実際に見てみないと分からない!とにかく行ってみよう!」と思い、何の知識もないまま新海さんの仕事場にお邪魔しました。ごく普通のマンションの一室で、しかも自宅兼スタジオだったので驚きました。最初は「あの新海監督が目の前に……」と緊張して身構えていたんですが、ご本人はとっつきやすい気さくな方で、すぐに仕事しやすい雰囲気を作ってくださいました。それに、実際に話してみると、噂話とか恋話とかお好きだったりして「おや、ちょっとイメージと違うぞ」と思うところもあったりなんかして(笑)。
実際の仕事が始まると、新海さんにAfter Effects(アドビシステムズ社の映像合成ソフト)の使い方を一から教えてもらいながら、無我夢中で撮影のお手伝いをしました。『雲のむこう』の仕事が終わった後は元いた部署の仕事に戻り、しばらくして別の会社に転職し、その後フリーになりました。
今回のお仕事のお話は、2010年の春に新海さんから「たまには飲み会においでよ」という連絡をいただいてお邪魔した際に「もし時間があるならちょっと手伝って」と監督に誘われ、7月頃からスタジオに通い始めました。」
■市川さんはどのようなきっかけで参加されたのですか。
市川
「絵を描くことが好きだったので、美術系の高校に進みました。そこでPhotoshop(アドビシステムズ社の画像編集グラフィックソフト)やIllustrator(アドビシステムズ社の画像作成グラフィックソフト)を習ったんです。」
三木
「えっ、高校でアドビ製品を勉強していたの? うらやましいなー。」
市川
「いや、でも先生たちも特にデジタルツールのプロというわけでもないので、すごく中途半端な授業だったんですよ。PhotoshopとIllustratorの違いもよく分かっていない感じで(苦笑)。それで、もっとちゃんと勉強したいと思っていたんです。ちょうど私が10代の頃ってCGが大きく発達しはじめて、すごいCG映画が次々に誕生している時期でした。そういう作品を自分も作ってみたいなと思い、専門学校の3Dアニメーションなどを作る専攻に進み、Maya(オートデスク社の3Dソフト)やAfter Effectsの使い方を教えてもらいながら作品を作って先生に見てもらったり、自分でアドビ製品を買い揃えて勉強したりしていました。
ある日、学校の掲示板に「『秒速5センチメートル』の仕上げ(彩色)のインターン募集」という貼り紙があったんです。アニメの仕事はよく分からなかったんですが、"Photoshopを使う仕事"という点に惹かれて「やりたいな」と思い、インターンに応募しました。
その当時、失礼ながら、新海さんのことを知らなかったんです。それで面接に行く前に予習しておこうと思い、『ほしのこえ』や『雲のむこう』を見たのですが、普段見ているテレビアニメと全く違っていて、映像がとび抜けてきれいで、「これは実写?」という感じでした。新海監督特有の光の表現やカメラワーク、印象的なカットを細かく積み重ねる編集など、すごいなあと思いましたね。三木さんと同じ感想ですが、「これ、一体どうやって作っているんだろう?」と不思議な気持ちでした。「こんな素敵な作品を作った人の新作のお手伝いができるなんて、すごい仕事だぞ!」ととてもやる気がわいてきたんですが……現場との面接で私は落ちてしまったんですよ。私以外の応募者は少し年上でバイト経験もあるような方ばかりだったんですが、私はこういう面接そのものが人生初のことで、緊張してうまく質問にも答えられず、プロデューサーの目も見ることができないほどでしたから……。それで「ああー、落ちちゃったなあ」とションボリしていたんですが、数日経って「あともう一人追加で来て下さい」とお声をかけていただき、運良く『秒速』仕上げメンバーに入ることができました。半年ほどスタジオに通いましたが、新海さんたちがいるスタジオと仕上げのスタジオはちょっと離れていたので、あまり新海さんと話す機会もなく、帰りの挨拶をしに寄った時に一言二言言葉を交わすくらいで……緊張が解けぬまま終わってしまった感じでちょっと残念でした。
その後、専門学校を卒業していろいろあってウェブ制作会社に入り、1年ほど勤めた後フリーになって「これからどうしようかなぁ」とぼんやり考えていた時に、たまたまネットニュースで「新海監督が新作映画を制作中」という記事を読んだんです。それですぐに新海さんにメールを送りました。「新海監督、お元気ですか。新作楽しみにしています。ちなみに私は今ニートです」と(笑)。そうしたら新海さんから「じゃあ何か手伝ってください」とありがたいお返事をいただいて、プロデューサーから「撮影の仕事があるんだけど、どう?」と言われ、「え?撮影?全然やったことないけど……でも何でも頑張ってみたい!」という気持ちで2010年8月から加わりました。ちょうど私が入る一週間前に李周美さん(『星を追う子ども』撮影チーフ。インタビュー♯22)が参加されていらしたので、まず李さんのアシスタントとして働くことになりました。」
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撮影チーフの李さん(中央)と打ち合わせ中の市川さん(左)と三木さん(右)。
右側の棚にはカット袋がぎっしり。 |
まず初めに複数のスタッフで撮影作業を進めるための下準備を担当(市川)
新海監督からの指示はほとんどなく、まず自分で考えてやってみるというスタイル(三木)
■今回の仕事の内容について詳しく教えていただけますか。
三木
「色彩設計というのは、主にそれぞれのシーンでのキャラクターの色を設計し、画面全体の世界観やトーンを決める仕事です。普通は、日中・夕方・夜など時間帯によって3種類くらいの設定を作ってそれを使い回すわけですが、新海作品ではほぼ全カットで色を変えているんです。新海作品において、色というのは非常に重要な要素ですから、これまでの作品同様『星を追う子ども』でも新海監督が色彩設計の仕事を兼任してらっしゃいます。今回、映画全体がAパートからEパートまで5つのパートに分かれているのですが、AパートとBパートは新海さんが色彩設計をし、それを元に、Cパート以降は私が設計したものを新海さんに確認してもらう、という流れで色を決めていきました。A・Bパートの新海さんの色彩設計を見た瞬間、目からウロコがポロポロ落ちました。私は仕事上、今までキャラクター素材を作る時に、環境光が必要なことがなかったのですが、新海さんの作品は、背景の色や雰囲気に"新海作品らしさ"がにじみ出ているので、キャラクター単独で色を作るのではなくあの色彩豊かな背景美術や光源に合わせて考える必要があるんですね。「画面に合った色というのはこうやって作るのか」「同じ色でも環境光によってここまで変わるのか」など、すごく勉強になりました。A・Bパートでベースとなる色が出来上がっていたので、Cパート以降の設計は非常にやりやすかったです。
自分が色彩設計する際に一番念頭に置いていたことは、「新海監督が欲しいイメージになるべく近づける」ということです。私が自分の考えで「こういう色がいい」と決めるのではなく、「新海さんなら、ここはこの色にするだろう」というふうにいつも考えるようにしていました。そうするために、これまでの新海監督の作品を何度も見て新海さんの色の感覚を自分の頭にしみこませ、「新海さんが作りたい画面はこんな感じかな」と想像しながら色を作っていきました。」
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シーンごとの背景美術に合わせて設計された、アスナの色彩設計(一部)。 |
■新海監督からはどういった指示がありましたか。
三木
「新海さんって、色彩設計や撮影では、最初はほとんど指示を出さない監督なんですよ。一旦それぞれのスタッフに任されるんです。「ひとまず作ってみてください」って。その後、自分が作ったものを新海さんのところに持っていって、こちらから「これ、どうですか」と聞くと、ようやく「ここはもうちょっとこうして、こう変えて」という具体的な指示が出ます。最初は、このやり方がとても怖かったです。自分の力を試されているような気がして。でも、色彩設計の段階で決めた色でも、撮影の工程で光やエフェクトを入れるのと同時にまた細かく微調整するんです。それが分かっていたので、あまり気負い過ぎることなく「これ以上悩んでもしょうがない」「ここまで細かくやる必要はない」と割り切れる部分もありました。
新海さんから指示がほとんどないということについては、李さんも当初戸惑っていたようでしたね。「監督の指示がないとはどういうことなの!?」って(笑)。でもそれが逆に彼女にとってすごく刺激になったみたいで、しだいに自分でバリバリ仕事を進めていましたよ。」
市川
「今までの新海作品では、新海さんがほぼ一人で撮影していたので、複数のスタッフで撮影するための土台がない状態でした。そんな中、李さんが唯一のテレビアニメ撮影経験者ということで、どうすれば一つのチームとして効率的に仕事を進めることができるかを考えて、いろいろ提案してくださいました。まず最初に背景美術の有無でカット袋を分ける表を作り、私は李さんの指示に沿ってカット袋が届いたらその表にチェックを入れて、タイムシートを打ち(どの絵が何コマで動くか指定すること)、仮に動く状態にしてから李さんにお渡しする、という作業をやりました。それと同時に、李さんの撮影作業を横目で見て、少しずつ撮影という仕事について学んでいきました。知識として「撮影がどういう仕事か」ということは知っていたのですが、実際の現場経験はゼロでしたから、李さんがAfter Effectsを使ってエフェクトを付けている様子を見て「すごい!撮影でこんなことまでできるんだ!」と純粋に驚きましたね。
一通りカット袋の整理が終わったら、原撮(原画をスキャンして作るラフな映像)作りに入りました。撮影の練習もかねての原撮だったんですが、一日中ひたすら原画をスキャンしているという日々が一カ月くらい続きました。原画は鉛筆で描かれているので普通にスキャンすると薄い線になってしまうので、スキャンレベルを補正したり解像度を調節したりとなかなか大変でした。」
■どんどんスキャンするというわけにはいかないんですね。
市川
「そうなんですよ。また、制作側から「原撮にも背景をつけられるものはできるだけつけてほしい」という指示もあったので、キャラクターを切り抜いてその後ろに背景を置いて合成するなど、少し手間のかかる作業でした。
原撮が一段落した後、影の部分などを別レイヤーに分ける「ダブラシ分け」と呼ばれる作業に取りかかりました。普通は、キャラクターと影は別々の紙に描かれているのですが、今回は動画枚数を抑えるために一枚の絵に描かれていたので、それを撮影で分けるというシステムになっていました。」
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背景美術を反映した原撮画像。
キャラクターが切り抜かれ、背景美術がきちんと確認できるようになっている。 |
三木
「分けるといっても、単純にポンと二つに切り離すというわけにはいかなくて、くっついている部分は線を付け加えたり、隠れている部分は手で描き足すなど、一手間加えないといけないんです。そういう下準備を今回は全部市川さんがやってくれました。ですから撮影スタッフが使う素材はほぼ全て一度市川さんの手が加わったものなんですよ。」
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仕上げデータ |
アスナのみのデータ |
影のみのデータ |
影(ダブラシ)も描き込まれた状態の仕上げデータをアスナのみ・影のみに切り分ける。
影データは途切れている部分などを描き足したり、色の変更も行っている。 |
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市川さんが切り分けたデータを使い撮影した完成カット。 |
市川
「また、リテイクで作画が追加されたり修正されたりしたカットを撮影段階で直すという作業もおこないました。例えば、シンの馬はハミ(馬の口に含ませる道具)がないという設定だったんですが、一部の動画ではハミを噛んでいる絵が上がってきていたため、これを一つ一つ手で修正していきました。」
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修正前 |
修正後 |
シンの馬、ハミを撮影で修正したもの。修正後の完成画像では色の変更も行われている。 |
新海監督の求めるレベルに高めるため、最後の最後までブラッシュアップ(三木)
グレー色だったケツァルトルのよだれを10色以上で描き直し、透明感を表現(市川)
■それから、だんだん仕上げ済みの動画や背景美術が上がってくるにつれ、撮影も本格化していくという流れですね。
三木
「ええ、そうですね。でも実際には、スケジュールの関係上、エフェクトよりもひとまず全部素材をつなげてとにかく一本のアニメーションにすることを優先しました。そうしてつながって完成したものを見たら、「あれ? もうこれでいいんじゃないか。充分素敵だよ。作画も美術も素晴らしいよ」って思っちゃったりして(笑)。」
市川
「「これで全然問題ないよね。私達は何をすればいいの?」って(笑)。」
三木
「だけど、新海監督がご自身でAパートの頭から撮影し直したものを見て、あまりのすごさに皆「ハッ!」と目がさめたんです。「そうだ、そうだった。新海監督が求めるクオリティはこれほどまでに高いんだ!全てをこのクオリティに合わせなくては!」と。そこから撮影スタッフ全員でブラッシュアップの作業に入りました。実際に作業に取りかかってみると、やるべきことは山のようにありました。」
■撮影は具体的にはどのような手順で進められたのですか。
三木
「例えば私はアモロートの老人の家のシーンなどを担当したのですが、まず新海さんが先に撮影されたカットを参考にして色を変えたりディティールを加えたりして、「ここはタッチを入れてください」「ここはぼかしてください」など新海監督から言われたいくつかの指示をおこない、あとは自分なりに考えて「こうするともっと絵がよくなる」というエフェクトを盛り込んでいくという手順でした。レイアウト用紙に「○○は撮影で入れて」と書かれていることもありますし、絵コンテにも細かい指示が書かれてあったりするので、レイアウトやコンテとにらめっこしつつ、「ここに光を入れてみようかな」とか「水滴をキラッと光らせてみよう」とか、自分なりの感性で情報を加えていけることが面白かったです。でも、とにかく最終デッドラインまで日数がせっぱつまっていたので、常に自分の技術力と体力と時間とのせめぎあいでした。」
市川
「私も、まだまだ勉強中の身ながら、数カット撮影を担当させていただきました。マナが草原でケツァルトルを待っているシーンでは、草原の雲の流れを表現したり、色を調整したりしました。ここでも新海監督はかなり私に任せてくださって「一通りまとめてやってみてください」と言われ、心の中では「どうしよう、できるかな」とドキドキしつつも、なんとかやり通しました。」
三木
「市川さんはケツァルトルのよだれの色変えも担当したんですよね。」
市川
「そうなんです。最初の鉄橋のところで出てくるケツァルトルのよだれが、動画仕上げの段階ではほぼグレー色で塗られていたのですが、「もっとよだれの透明感を出したい」と新海監督がおっしゃられたので、どのような表現にするのがよいか、いろいろ考えました。よだれの向こう側はどうなっているのか、「ここは歯だよね」「ここは下くちびるでいいのかな」など想像しながら色を選び、よだれの後ろの部分を手で塗り足しました。でも、ただ単によだれの向こう側の色を透けさせるだけでは充分でなく、そこからさらにカットごとに少しずつ色を変えているんです。結果的に、よだれの色だけで10色以上になり、よだれと唇が接してる部分や背景と重なる部分なども全て色変えしています。その上で新海さんに見ていただいて、最終的に微調整しました。」
三木
「最初の設計では3色くらいだったのにねー。」
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調整前 |
調整後 |
完成画像の調整後はよだれだけでなく、ケツァルトル自身の色や
手前のアスナに撮影効果が入っていたりと細かく手が加えられている。 |
撮影によって、作品に、より一層「厚み」が加わった(市川)
新海作品っぽく見せるコツは、アナログカメラの表現を学ぶこと(三木)
■なんて細かく、根気のいる作業なんでしょうか……。
市川
「でも、よだれだけが特別というわけではなく、全てのカットに対してこれほどまでに神経を配って撮影されています。最終的には、最初に出来た時の状態とブラッシュアップ後とでは、まるっきり違う作品のようになったなと感じました。最初の状態でも充分に「きれいな背景のアニメだな」という印象でしたが、撮影でいろんなものが重なることで、"厚み"のある作品になったなぁと。撮影の力ってすごいですね。」
三木
「技術面で見た時、やはり撮影が新海作品の真骨頂なんじゃないでしょうか。自分で自分の仕事に対してこんなふうに言うのもちょっとヘンですが(笑)、しかし逆に自分でやった分、さらにその考えが強まったようにも思います。」
■「こうすると新海作品っぽく見える」という撮影のコツのようなものがあるのでしょうか。
三木
「新海監督は、アナログのカメラで写真を撮るようなイメージで撮影をしてらっしゃるな、と感じることがありますね。フォーカスやハイライトの飛び方、環境光がどういうふうに入り込むか、どのレンズを使うのかなど……時にはカメラの専門用語が飛び交うこともあるほどです。そういう意味では、やはり新海作品における撮影の工程は、「合成」とか「コンポジット」ではなく、文字通り「撮影」という言葉がぴったりくる気がします。アナログのカメラでやってることを、擬似的にデジタルでやっているんです。そうすることで、よりリアルな空間を画面上に表現することができます。」
市川
「初めはレンズの種類とか言われても意味が分からなかったんですが(笑)、仕事をやっていく中で少しずつ覚えていきました。」
三木
「もし「新海さんっぽい映像を作りたい」と思っている人がいたら、一度、アナログのカメラの撮影について勉強してみるといいかも知れません。」
■作業中の撮影スタジオはどんな雰囲気なんでしょうか。やはりみなさんシーンと集中して……。
市川
「いやー、作業中はひたすらしゃべってます(笑)。」
三木
「集中していないわけではないんです。みんな自分の仕事に集中しているんですけど、口は口で動いているんです(笑)。」
■どんなことを話しているんですか?
三木
「仕事の話もしますが、だいたいが日常会話ですね。李さんがダジャレを言って、みんなでツッコむとか(笑)。」
市川
「撮影は、プレビューを見るためのプリレンダリングの待ち時間があるので、一瞬ヒマになるんです。その時に誰かが言葉を発して、そこにみんなが乗っかって、ワーッと盛り上がるという感じで。」
三木
「活気ある現場でした、ということですね(笑)。」
撮影は動いている絵を最初に見ることができる贅沢な仕事(市川)
いつか喪失を受け入れなければならない時に、この作品がきっと救いになる(三木)
■完成した作品をご覧になられてどのように感じられましたか。
市川
「正直、なかなか冷静に見ることはできませんでしたね。」
三木
「私もです。最初の完成試写の時は「なるほど、フィルムになるとこの色はこうなるのか。このエフェクトはこう見えるのか」とか、そういうところにばかり目がいきました。むしろ、そこしか見えていませんでした。それから1週間ほど経ってスタッフ打ち上げがあり、その時にようやく落ち着いて作品について考えることができました。
実は、最初に絵コンテを読んだ時から、もう仕事としてしか見ていなかったんですよ。作品のテーマがどうだこうだと考えるのは私にはまだ早いことだと思っていましたから。とにかく自分の仕事に集中しようと、「どう撮影すればいいか」と想像しながら絵コンテを読んでいました。それで、完成してしばらくしてようやく客観的にこの作品のことを考えたときに、すごく泣いちゃったんですよ。」
市川
「私は絵コンテを読んだ時に、『秒速』とあまりにもイメージが違うので、ビックリしたんです。「ええっ、腕、取れちゃうの!?」とか。そういうちょっと怖いシーンがあったり、アクションシーンもたくさんあるし、女の子が主人公だし、「うーん、最終的にこれはどういう作品になるんだろう?」って頭の中で想像できませんでした。猫が出てくるのはいいな、かわいいなって思いましたが(笑)。テーマがすごく重く感じて、あまり噛み砕けないまま作業に入った感じでした。でも、完成に向けて仕上げていく段階で徐々に「なるほど、これはこういうことだったのか」と気付くことがたくさんあって、そうすると少しずつモリサキのことが好きになってきたんですよ。最初は「この人、ちょっとどうなの……」と思っていたんですが(笑)だんだん感情移入してきて、「一番好きなキャラかも!」と思うようになったほどです。」
三木
「作品を作っている最中は、何度も何度も見返しますから、何度も何度も噛み砕く瞬間があるんですよね。『星を追う子ども』は、何度見てもその度にどんどん味が出てくる作品だと思います。実際私たちが作っている最中も、どれだけ繰り返し見ても、「慣れる」とか「飽きる」ということがなく、常に新しい気付きがありました。
『星を追う子ども』の主人公はアスナですが、見る人によっては「主人公はシンだ」「いや、モリサキだ」と感じるのではないでしょうか。でも私は、正直に言うと、どのキャラクターにも感情移入できなかったんです。それはきっと、まだ私が本当に大切な人の喪失というものを知らないからかな……と思います。そういう意味で、私は泣いてしまったのかも知れません。ということは、私は最初の時点のアスナに近いのかな。まだまだひよっこですので、これから先いろいろな経験を積み重ねていく中で、そういった喪失を受け入れなければならない時に、この作品がきっと救いになるのではないかと思います。数年後、数十年後、繰り返し見たいですね。」
■お二人のオススメのシーンを教えてください。
市川
「自分がやったところで言うと……ケツァルトルのよだれの透明感はぜひ注目していただきたいですね(笑)。それから、トンボが出てくるところが数カットあるんですが、羽のディティールなどを付け加えました。よだれもトンボもわずか数秒しか映りませんが、自分なりにこだわったのでぜひ見逃さないでくださいね。個人的に好きなシーンは、細かいところですが、生死の門でモリサキがナイフをシャッと出す瞬間です。作画も撮影もすごくよくて、仕事中にこっそり何度も見返してました(笑)。それから、ミミが出てくるシーンも好きですね。アスナと一緒に夕食のお魚を食べている時にちょっとずつ前の方に押してずれていくカットなど、作画さんのこだわりを感じます。」
三木
「ミミは、どれもすごくかわいらしい動きなんですよね。作画さんの、ミミちゃんへの愛を感じますね。」
市川
「馬の動きもいいんですよー。特にシンの馬は、他の馬よりもなんだかセクシーなんです(笑)。」
三木
「あの馬、めちゃめちゃ頑張ってますからね! 私が好きなシーンは、ミミとの別れの朝シンが起きるところから、風がふわーっと入ってきて、朝の日差しが差し込んでくる、あの一連の空気感がとても好きです。その前日の、アスナとモリサキがアモロートの老人の家にやって来て、アスナがほっとした顔でごはん食べて、お風呂に入るところもいいですね。お風呂のシーンの撮影は新海さんが担当されたのですが、ものすごく気合いを入れて撮影してらっしゃいました。アスナのあの表情といい、「お風呂ってすごいね」というセリフといい、気合いの入った撮影といい、「この感覚、日本人ならではだなぁ」っていう感じがします(笑)。
でも「どのそこのシーンがオススメです」というよりも、「どのシーンも全部オススメです!」と言いたいですね。最初から最後まで、116分があっという間に感じられます。その116分間、約1650カット、すべて人の手によって描かれ、撮影されたものです。そしてどのカットにも新海さんの手が入っています。ぜひ細かい部分まで味わってほしいですね。」
■仕事を終えて、どのようなお気持ちですか。
三木
「本格的にアニメ映画の撮影という仕事をやったのは初めての経験でしたが、なんて面白い仕事なんだろうと思いましたね。素晴らしい作画と素晴らしい美術、それを合わせることがゾクゾクするほど面白かったです。しかも、ただ単純に合わせるというよりも、もっとクリエイティブな仕事で、「撮影で映像を作ってる!」という感覚がありました。撮影ってすごく贅沢なポジションですよね。」
市川
「うん、確かに贅沢です。一番初めに動いている絵を見ることができますもんね!」
三木
「この仕事の役得ですね。しかも、撮影効果を上げるために、ものすごく緻密な美術をぼかしちゃったりして。「うわぁ、美術スタッフさん、申し訳ない!」と思いつつ、「でもやっぱり、ぼかすとキレイだなー」とか……(笑)。」
市川
「新海さんは、「こうしたほうが絵全体が良くなる」と思えば、美術もぼかすし、色も変えるし、場合によっては撮影段階でも作画を描き加えたりしますしね。李さんは「他の現場ではこんなに手を加えることはありえない!」と言っていましたから、こういうやり方は新海監督ならではなんでしょうね。」
三木
「ただ、今回のように複数のスタッフで撮影をするということはチーム新海としても初めてのことでしたから、スタッフ同士の情報交換のやり方やデータの管理方法など、その場その場で試行錯誤を重ねて決めていったことがたくさんありました。もし新海監督の次回作に参加できるなら、監督や李さんたちとよく話し合って、より効率のよい環境を整えて撮影に取り組みたいですね。」
市川
「今回得たいろいろなことを次に活かしていきたいです。次回作も期待しています!」
【インタビュー日 2011年6月9日
聞き手・構成:『星を追う子ども』宣伝スタッフ 三坂知絵子】 |