目 次

新海 誠(監督)インタビューコメント3
新海 誠(監督)インタビューコメント2
新海 誠(監督)インタビューコメント1
#26 キノコ・タケノコ(コミックス・ウェーブ・フィルム 制作進行)
#25 木田 昌美(キャスティング ネルケプランニング)
#24 三木 陽子(色彩設計補佐・撮影)・市川 愛理(撮影)
#23 松田 沙也(脚本協力)
#22 李 周美(撮影チーフ)
#21 真野 鈴子・玉腰 悦子・中嶋 智子(動画検査・動画)
#20 木曽 由香里・鮫島 康輔・釼持 耕平(アンサー・スタジオ 制作)
#19 箕輪 ひろこ・田澤 潮(原画・作画監督補佐)
#18 三ツ矢 雄二(アフレコ演出)
#17 渡邉 丞・滝口 比呂志・泉谷 かおり(美術)
#16 池添 巳春・本田 小百合・青木 あゆみ(美術)
#15 中田 博文・岸野 美智・岩崎 たいすけ(原画)
#14 竹内 良貴(CGチーフ)
#13 肥田 文(編集)
#12 多田彰文(編曲・アレンジ)
#11 熊木杏里(主題歌)
#10 粟津順・河合完治(撮影、CG)
#09 野本有香(色指定・検査)
#08 廣澤晃・馬島亮子(美術)
#07 土屋堅一(作画監督)
#06 天門(音楽)
#05 丹治 匠(美術監督)
#04 西村貴世(作画監督・キャラクターデザイン)
#03 井上和彦(声の出演)
#02 入野自由(声の出演)
#01 金元寿子(声の出演)

松田 沙也(まつだ さや)『星を追う子ども』脚本協力 #23

【松田 沙也 プロフィール
脚本家。千葉県出身。
2007年『新風舎第7回恋愛文学コンテスト』優秀賞受賞、
2008年テレビアニメ『PERSONA-trinity soul-』で脚本家デビュー。
以後、アニメ、ドラマCD、ゲーム、携帯アプリなどの執筆を幅広く手がける。直近の参加作品にPSP/PS3ソフト『涼宮ハルヒの追想』(シナリオ)など。
次作は11月発売予定PS3/Xboxソフト
『ぬらりひょんの孫~百鬼繚乱大戦~』(シナリオ)。

よりたくさんの人に楽しんでもらえる作品にするため、監督のシナリオに「別の視点」を加える

■今回、松田さんが『星を追う子ども』に参加されることになったきっかけは。

松田
「私は表参道にあるシナリオ・センター出身で、そこにはライターズバンクというシナリオライター登録制度があるのですが、そこでのコンペを通じて新海監督たちに声をかけていただきシナリオ会議に参加しました。それが2009年の5月頃でしたでしょうか。今回、私の肩書きは「脚本協力」となっているのですが、具体的には主に2つの仕事がありました。まず1つは、会議の場で、新海監督が書いてこられたシナリオ案に「ここはもうちょっとこうしたほうがよいのでは」「ここは違和感がある」など自分が考えたことを伝え、監督やスタッフの方々と一緒に「どうすればもっとよくなるか」「どうすればもっと新海監督が伝えたいことが違和感なく伝わるだろうか」と話し合い、アイデアを出すということです。もう1つは、新海監督が書いてこられた横書きのシナリオを一般的なシナリオ形式に整え、会議で出た意見をさらにそのシナリオに組み込んで書き直していく、という作業です。
 これまでの新海作品では脚本は監督お一人で完成させていらしたわけですから、おそらくこのような形で「脚本協力」という人間が参加することは新海監督にとって初めてのことだったと思います。プロデューサーからは「今回の作品は、これまでの新海作品を見たことがない人にも見てほしい。性別も年齢ももっと幅広い層の方々の心に届けたい。そのために、シナリオライターという立場から客観的な意見がほしい」と言われました。シナリオ会議に参加してらしたのは、新海監督と川口さん(『星を追う子ども』プロジェクト・マネージャー)のようなプロデューサー陣、それから作画監督の西村さん(インタビュー♯04)、美術監督の丹治さん(インタビュー♯05)。川口さんたちは制作側であり、西村さんと丹治さんは実際に"絵"を描く立場で、いわば「言葉」を扱う立場の人がいないという状態でした。それに、私以外の参加者は全員男性ということもあり、「ああ、私は別の視点が求められているのだな」と感じました。新海作品初参加は私だけでしたが、会議の雰囲気はすごくよくて、皆さんとてもいい方ばかりで、会議メンバーの一員として温かく迎えていただきました。」

新海監督が書いた横書きのシナリオと松田さんが書き直したシナリオ。
仮タイトルとして『地の下の少年、空の下の少女』、『さよならの旅』という
2つのタイトルがあがっている。

■最初のコンペの内容はどういったものだったのですか。

松田
「ライターズバンクの中でアニメの仕事の経験者が5、6人集められ、監督が書かれた『星を追う子ども』の原案(シノプシス)を見せていただきました。生死観を織り込んだ物語にしたいという監督の思いがそこから感じ取ることができ、全体的にシリアスな空気の漂う内容でした。そこでプロデューサーから出た課題は、「これを元にして、全体をもう少し明るい話にしてみてください」というもので、原案の中にある「女の子が主人公、そこに関わってくる二人の男の子」「父性を感じさせるキャラクターが出てくる」「ケツァルトルという生き物の存在」「主人公は異世界を旅する」というような基本的なキャラクターとストーリーの骨組みを生かしさえすれば、それ以外の世界観やストーリーはそれぞれのライターに自由に任せる、とのことでした。」

■松田さんはどんなお話をお書きになられたのですか。

松田
「実際にはライターと同時並行で監督が練り直されたプロットが採用されたので、これは完全にボツになったものとして聞いていただきたいんですけど、私はアスナが旅する異世界の設定を「生まれてくることができなかった魂が次の転生を待つ世界」、つまりお母さんのお腹に宿ったけれども生まれることができなかった人たちの魂がいる、まさに生と死の狭間のような場所と考えたんです。『星追い』よりももっと精神的な世界の話ですね。それで、シュンの死の謎を追う旅の中で、メスのケツァルトルとアスナがシンを巡って恋の鞘当てをしたりするんですよ。ちなみにアスナの年齢設定は中学生で、この世界のケツァルトルは言葉を喋ります(笑)。でもやっぱり種族が違うので、シンとケツァルトルは絶対に結ばれることはない。だけどそのメスのケツァルトルは本当に本当にシンのことが大好きで、結局シンを守って死んでしまう。そんな旅の中で、アスナが自分の気持ちや環境や命を見つめなおし、強く生きていく心を得る話でした。最後は、いつか自分が母親としてシンとシュンを地上に誕生させてあげる、この美しい世界を見せてあげるんだと決意して終わります。そうすればシンやシュンと再会できるよね……と。」

■本当にまったく別の物語になっていますね。

松田
「ええ。一応私なりにはキャラクター設定や会話の掛け合いなどで明るい雰囲気を出したつもりではあるんですが、原案にもなかった"ケツァルトルの死"という要素が入ってきたために、コンペの課題は「明るい話にすること」なのにどうやら原案とは別の意味で暗い話になってしまったみたいで(笑)。それでも、監督たちに声をかけていただき、嬉しかったですね。実はコンペの段階では、監督名は伏せられていたんです。現場に入ることが決まってから、初めてプロデューサーに「この作品の監督は新海誠監督です」と教えていただきました。」

■新海監督のことはご存知でしたか。

松田
「はい。お噂を聞いて新海さんのホームページも見ていましたし、新海作品ファンの友人から作品の話なども聞いていました。ですから、「あの新海監督の新作か」とびっくりしましたね。シナリオ会議に参加する前に、新海さんのこれまでの作品を全て、じっくりと見ました。新海監督の映画って、感情の部分と理屈の部分のバランスがすごくいいんですよね。脚本の仕事をしていると「女は感情でものを言い、男は理屈でものを言う」という話を耳にすることがあります。実際に私の周りにいるシナリオライターたちを観察していてもそう感じることがあります。でも新海監督は、理屈と感情のバランスがとても良い方だなという印象を受けました。だからこそ観る人の心を揺さぶる作品が作れるんだな、と。それと、『雲のむこう、約束の場所』のサユリや『秒速5センチメートル』のアカリなど、女の子を空気感やちょっとしたしぐさなどで魅力的に見せることがものすごく上手いですね。「こりゃ男の人はメロメロになるわー」と思いました(笑)。その点で言うと、今回の『星を追う子ども』の新海監督のシナリオを読んだ時、感情に訴えるモノローグもなく、男性視点から見た憧れのような女の子も出てきませんでしたから、「新海監督は自身のこれまでの"得意技"をある程度抑えて、新しいチャレンジをしようとしているんだな」と感じましたね。」

■実際に新海監督とお会いになられた時はどのような印象を受けましたか。

松田
「作品とご本人の持っている雰囲気が一緒だな、というのが第一印象でした。新海作品のストーリーは、悲しいところもありますし、切ないところもありますが、根っこの部分にはフワッとした優しさを感じます。同じように新海監督自身もフワッと優しくて、お会いした瞬間「ああ、分かる分かる、この人があの作品を作った監督だ」と納得しました。
 とはいえ、その優しそうな外見とは裏腹に、確固としたご自身の意見をお持ちで、会議などでは「意外と頑固な面もあるんだな」と思いましたね。それは当然のことで、他の人の意見に左右されてばかりいたらもの作りはできませんから。けれど「絶対に他の人の意見は聞かない!」という頑固さではなく「基本的にはみんなの意見を聞いて、考えます。でも、譲れないところは譲れません」という感じでした。これってまさに監督が作る作品と同じで、感情と理論のバランスの良さの表れですよね。監督という視点で作品全体をよく見てらっしゃると感じました。」

監督からの「むちゃぶり」にも的確に応えるスタッフ。
互いに揺るぎない信頼関係があるからこそできること

■シナリオ会議ではどのような意見が交わされたのでしょうか。

松田
「わりとみんな自由に意見を言っていましたね。「ここはこうしたほうがいいんじゃないですか」というように代替案を一緒に提示することもあれば、「どうしたらいいか分からないけど、なんとなくひっかかる」とか、「ここを変えると後々のシーンで辻褄が合わなくなっちゃうんだけど、でもやっぱりこのシーンがおかしいなと思う」と、ただ気になったところも率直に伝えました。例えば、「放課後に小学生の女の子が一人で学校の先生の自宅に行きますかね?」とか、そんな細かい部分まで(笑)。そういうふうに全員で意見を出し合うのですが、それに対して新海監督が「なるほどそうですね、変えましょう」とか「いや、今のままのほうがいいので、このままでいきましょう」、「それについては何かいいアイデアがありませんか?」など、取捨選択の意志をはっきり示してくださるので、こちらとしても発言しやすかったです。
 例えば、シンとシュンのセリフの言いまわしについて、最初監督が書かれたシナリオだと、シンとシュンはほとんど同じような口調でしゃべっていたんです。そこで、「それぞれのキャラクターをよりはっきりと際立たせるために、一人称を変えてみてはどうでしょう?」と提案しました。結果、シンは「俺」、シュンは「僕」という一人称になりました。そんな感じでシナリオ会議を積み重ねていき、2009年の9月頃に新海監督が「ここから先は絵コンテを描きながら考えたい」とおっしゃられたので、一旦、シナリオとしては決定稿として終わらせました。
 それで「私の仕事はこれでおしまいだな」と思っていたんですが、プロデューサーから「松田さん、そのまま絵コンテ会議にも参加してください」と言われたので「ええっ!? どうして脚本協力の私が絵コンテ会議に呼ばれるの?」とビックリしました。」

■普通はシナリオライターの方というのは絵コンテにはタッチしないのですね。

松田
「そうですね。少なくとも私が今まで経験した現場では、決定稿が上がったらそれ以降は脚本家はほぼノータッチでした。時にそれで摩擦が起こることもあるようですが……。例えば、演出段階でセリフが変更され意味合いも変わってしまって、オンエア後に「どうして変えたんだ、脚本としてクレジットされるのは脚本家で、セリフの責任はこちらが負うはずなのに」と気分を害される方の話も耳にします。難しいところですね。
 ですから、新海監督の絵コンテ会議に参加してみて、とにかく驚きの連続でした。もう、どんどん変更されていくんですよ。私は決定稿がそのまま絵コンテになると思っていたので、ト書き部分の表現やセリフの細部などにしても「うーん、新海監督の原案のまま書くべきか、それとも自分なりの表現や色を加えるべきか……」とすごく悩んで、結局、できるだけ忠実に書き起こしたんです。新海監督独特の世界観を愛するファンの方も多いですし、そこはすごく考えました。ですから「こんなに絵コンテ段階で変わるんだったら、もっと自分の意見を入れておけばよかった!」なんて思っちゃったほどです(笑)。
 これだけ変わってもなぜOKかと言えば、脚本もコンテも監督をするのも全部新海さんだからなんですよね。分業ではなく全てにタッチして全体を見渡せているから。だから絵コンテ作業で変わっても、シナリオよりも悪くなるということは決してなく、全部良い変化でした。新海さんは、絵コンテを描くためにシナリオをより深く吟味し、作品イメージを明確にしていく中で、「これは絵に描きづらいな」とか「シナリオ段階では気にならなかったが、実際にコンテにしてみるとちょっとおかしいぞ」というような点をはっきりさせていったんだと思います。絵コンテには、よりくっきりと新海監督の考えが刻み込まれていました。この過程を見ることができたのは、私自身すごく勉強になりましたし、いい経験させてもらったなと思いますね。やはり私は脚本家なので、文字の世界しか知らないんですよ。シナリオを書いている間は、私の頭の中に想像上の"アスナ"や"シュン"がいるんです。それが絵コンテになり、キャラクターデザインが決まり、背景美術が付き、作画、仕上げ、撮影……。頭の中のモノクロの世界が、生命を吹き込まれて生き生きと鮮やかに動いてゆく。その基本となる絵コンテが生まれてくる瞬間を目の当たりにできるのはすごく幸せなことでした。絵コンテを見るたびに「あー、アスナってこういうふうに走る子だったんだ」とか「へー、アスナのおうちはこんなふうになってるんだ」とか、私の想像力のはるか上をいくプロの仕事を見ることができ、絵コンテ会議に出席するのが毎回楽しみでしたね。」

■絵コンテ会議も、シナリオ会議と同じように自由に意見を言い合うというスタイルだったのですか。

松田
「基本的にはそうですね。新海さんが描いてこられた絵コンテを元に、お互い意見やアイデアを出しました。シナリオの決定稿の段階から構成やセリフも少しずつ変わっていましたから、私は特にセリフの言い回しであるとか「ここの表現はちょっと言葉を変えたほうがいいんじゃないか」とか、そういうところを中心に意見を出しました。
 でも、やはりシナリオと絵コンテの大きな違いは、シナリオのト書き部分で文字として書いていたことが具体的に絵になっているということです。シナリオに「壮大な風景が広がる」と書いてある箇所があり、「壮大って……漠然とした表現だなあ。これで大丈夫かな」と心配していたのですが、実際に新海さんの絵コンテを見てみたら「うわっ、確かにめっちゃ壮大だ!」と納得しました。結構、シナリオの段階では「これ、"むちゃぶり"だなあ」と思うような箇所もいくつかあったんですよ。例えば、「今まで聞いたことのないような音楽が聞こえる」とか(笑)。普通のテレビアニメのシナリオでもしこんな文章を書いたら、プロデューサーや監督から「あほか!一体どんな音楽なんだよ!」ってツッコまれて、もっと詳しい説明や具体例を求められると思うんです。そうしないと他のスタッフに脚本家が持っているイメージが伝わらず、共有することができませんから。でも今回は、しっかりと天門さん(『星を追う子ども』音楽。インタビュー#06)が、新海監督の考える「今まで聞いたことのないような音楽」というイメージを受け止めて、見事に素晴らしい音楽を作ってらっしゃいました。それは、新海さんと天門さんの長年にわたる信頼関係のなせる技だと思うんです。
 西村さんに対しても、丹治さんに対しても、新海監督はものすごく厚く信頼してらっしゃって、実際に絵コンテの中で「僕はうまく描けないので、西村さんお願いします!」とか「ここ、丹治さんにお任せします!」と書かれている箇所もあったほどです。一緒に作品を作るスタッフの方々の力を信じていて、監督とスタッフ、またスタッフ同士が万全のコミュニケーションをとれる自信があって、お互いに自由に自分の意見を言えるような環境が整っているからこそ、こういう書き方ができるんでしょうね。スタッフに任せて、たとえ100%自分の予想通りにならなかったとしても、絶対にもっといい方向に転がるんだ、という自信があるんだなって。制作環境として、これ以上のものはないのではないでしょうか。
 その分、西村さんや丹治さんは、絵コンテを見ながら内容について意見を言うのと同時に、ご自身の仕事のことについてもすごく考えている様子がうかがえました。おそらく「この絵コンテだと、自分たちの作業量はこれぐらいで、ペースはこんな感じで……」というように計算してらしたんだろうと思うんです。でも私は絵そのものについてはノータッチですから、ある意味もうすごく気楽で、「わーすごい、アスナが動いてるー!」とか素直に楽しんでいました(笑)。毎回、絵コンテに感動していたんです。」

■絵コンテ会議はいつ頃まで続いたのですか。

松田
「2010年の頭ですね。それまではだいたい毎週のように会議があり、シナリオの3分の2(夷族の巣のシーン)ぐらいまで進んでいましたが、同時並行で2009年の秋からは実際の作画作業も始まっていたので、新海監督やスタッフさんの時間がなかなかとりづらくなってきたんです。ですから、それ以降は会議という形ではなくて絵コンテができた段階で郵送していただいて、それを読んで意見や感想をメールで返す、というやり方に変わり、それが2010年5月頃まで続きました。映画の後半は、シナリオの段階からそれほど大きく構成が変わるということもなく、このようにメールでやりとりするやり方でも特に支障はありませんでした。ただ、飲み会に行けないのは残念でしたね。会議の後は飲み会があることが多かったので、楽しく参加させていただきました。何でもフランクに言い合える場で、新海監督や皆さんと打ち合わせの続きのような話になることもありましたし、全然関係のない話をすることもありました(笑)。」

人は常に何かの決意を抱いて一歩を踏み出すわけじゃない。
曖昧で繊細な気持ちにもそっと寄り添いたい

■完成した今回の作品をご覧になられて、いかがでしたか。

松田
「『星を追う子ども』は、すごく広い世界を旅するお話ですが、「悪者をやっつける」とか「世界を救う」とかそういうことではないですよね。要は、アスナが自分の心の中を旅しているようなものだと思うんです。心の中の奥深いところにある、今まで見ようとしていなかったものを見て、哀しさや寂しさや孤独、そういうものが自分の中にあることを受け入れ、一歩前へ踏み出す。"気持ちの変化"ということにとても重点を置いている映画です。新海さんは、誰もが抱えている「哀しい」「寂しい」という気持ちにそっと寄り添う表現ができる監督で、そうすることで見ている方の気持ちを動かす作品になっていると思います。それは非常にデリケートなことで、もしかしたら100人中100人を満足させることは難しいかもしれない。「アニメといえば悪者が出てくるものだ」と思っている人は、『星追い』を見て「あれ?悪者出てこないんだー」と肩すかしを食らうかもしれない。でもきっと、見た人の心の中に、"なにか"は残っていると思うんです。
 今回の作品では、アスナは「よく分からないけど、なんか行かなきゃいけない気がするから、地下世界に行く」んです。シュンに会いたいような気がする。シンがシュンなのか確かめたいような気もする。でもとりあえずモリサキ先生が目の前で来いって言っているから今行かなきゃ……って。「わたしはこうする、こうしたい」という強い意志があるというよりも、思わず足が出た、みたいな感じ。それは最終的には「寂しかったんだ」というところに帰結するんですが、そういう描き方がうまくいくのかどうか、すごく不安でした。でも、できあがった映画を見たら、アスナの思いが自分の中にスッと入ってきて、「ああ、監督にはこれが見えていたんだな。こういうことを表現したかったんだな」と納得しました。
 私は自分で脚本を書くときは、わりと主人公を分かりやすく書くんです。例えば、「シュンを生き返らせたいから、アガルタに行く!」とか、「フィニス・テラにおりるのはこういう目的です」と提示したがると思います。今回のシナリオ会議の時にも、アスナが旅立つときにもう少し明確な心の動きがあったほうがいいんじゃないかということが、何度か議題になりました。でもその時に新海監督が「だけど、人間ってそんなに何もかもはっきりと判断して、常に何かの決意を胸に抱いて一歩を踏み出すわけじゃなくて、なんとなく足が出るというようなこともあるんじゃないか」というようなことをおっしゃられたんです。それを聞いて「確かにそうだな」と思いました。もちろん、決意を抱いて行くという形にしたほうが、話としてはすごく分かりやすくなるだろうし、見ている側も気持ちが乗りやすいと思うんですけど、正直に人間そのものを表現しようとしたら、誰も彼もが確たる決意を心に秘めて行動しているわけではないんだと。それはすごく誠実な表現だと思います。
 ですから、アスナが地下世界に行く時は、理由が明確でないので少しモヤモヤするかもしれませんが、映画を見ながらアスナの気持ちに寄り添い、アスナと一緒に心の中を見つめて、そこから強くなっていただけたら嬉しいですね。」

■まさに一緒に旅をする感覚ですね。

松田
「そうですね。こういう表現ができるのは新海監督ならではかもしれません。もし通常のアニメのようにそれぞれの工程ごとに完全に分業で作ったら、監督の意図がうまくスタッフに伝わらず、「え、これってどういうこと?」「こんな気持ちで行動できるの?」とスタッフにも迷いが生まれたり、「監督がこうやれと言っているから、しょうがない」という"やらされ感"が出てきて、結果として監督が作りたかったものから離れてしまう、という可能性もあります。でも、ご自身で脚本、絵コンテから撮影に至るまで実際に自分の手を動かして関わってらっしゃると、制作途中で思いがブレないですよね。もちろん前提として、スタッフから新海監督に対する信頼があって、監督もスタッフをすごく信じていて、お互いに何でも意見を言い合える空気があるからこそできることだと思います。」

■松田さんのお気に入りのキャラクターは。

松田
「『星追い』はジュブナイルなので、やはりアスナに思い入れがありますね。でも、たぶん女の子って、10歳前後の頃に2次元のキャラクターに恋することがあると思んですよ。私も『天空の城ラピュタ』のパズーや「ルパン三世」のルパンとかに恋してましたし(笑)。キャラクターに対してそういう特別な思い入れがあると、作品そのものも心にずっと残ると思うんです。ですから、アスナと同じくらいの年齢の女の子が『星追い』を見て、ちょっと特別な感情をシンやシュンに抱いてもらえたら嬉しいなと思いますね。シンやシュンにキュンとしてほしいです!」

アニメのキャラクターも、皮膚を切れば血が流れる人間なんです

■松田さんは、やはり子どもの頃からアニメや映画がお好きだったんですか。

松田
「はい、映画も漫画もアニメもテレビドラマも小説も、何でも好きでした。でも小学6年から中学2年まで3年間、新聞記者をしている父の仕事の関係でソウルに住んでいまして、当時韓国のテレビでは日本のアニメやドラマは全く流れていなかったので、その期間だけポコッとテレビを見ていないんですよ。その代わり、日本に住んでいる祖父が送ってきてくれたアニメのビデオや漫画本を繰り返し見ていました。弟がいたので「聖闘士星矢」とか、そういう作品が多かったですね。何度も何度もビデオを見ていたので、ものすごく記憶に残っています。
 そのうち、だんだんと「自分も書きたい」と思い始め、中学生くらいから創作のようなものを書き始めました。高校時代は演劇部に所属していて、自分たちで演じるために台本を書きました。それが、私の初めてのオリジナル脚本ですね。文化祭でやる劇なのでそんなにシリアスな内容ではなく、ホームドラマで、庭に生えている木の精がひょこっと出てきて、家の中をひっかきまわすというストーリーです(笑)。」

■どこからそういうことを思いついたんですか?

松田
「いや、庭に植えられている木がしゃべったらどうなるかなあーって、単純にそう思ったんですよ(笑)。お話の内容はかなり忘れていますが、衣装だけははっきりと覚えています。私がその木の精の役を演じたんですが、思いっきり緑色の衣装でした(笑)。まだ実家にあるかなぁ。でも、その頃は脚本家になりたいとは全然思っていなくて、ただ楽しくてやっていたという感じです。
 卒業後は地元の大学のマスコミュニケーション学科というところに進んだんですが、映像の授業があり、ビデオカメラを渡されて「テーマは何でもいいから、10分程度の映像を作れ」という課題が出たんです。大学では軽音楽部に入ってバンドをやっていたので、自分たちのオリジナルの曲に合わせたPVを作りました。先生方からは「若さと熱意と勢いだけはある」という評価をいただき(笑)学内の最優秀映像作品に選ばれたんです。嬉しかったですね。「映像作りは面白いな」と思ったのですが、特にその分野で就活はせず、担当教授の紹介で着物屋さんに就職しました。」

■着物屋さんですか!映像とは全然違う仕事ですね。

松田
「その着物屋さんが、コンピュータを使って着物をデザインする人を募集しているということで「面白そう!」って思ったんです。ところが、入社してみたら「最初の5年間はお店で販売の仕事をするように」と言われ、銀座にあるお店で一日中ずっと制服を着て立っていました。着物は一つの品物の値段が高いので、そんなにしょっちゅうお客様が買いに来るわけではないんですよ。だからひたすらじーっと立っていて、たまにお客様がいらっしゃったらお茶をお出しして……という毎日。「これはさすがに5年は無理だ」と思い3カ月で辞めて、大学時代にアルバイトしていた塾に受付事務として転職しました。しばらく社会人として働いてちょっと落ちついた頃、「何か映像に関わることか、自分で書いて何かを生み出せることがしたいなあ……」と思い始めました。映画などを見ていて心を動かされる瞬間というのは、私にとっては本当に意味のあることで、それを自分から発信する立場になるにはどうしたらいいのかなと。また、文章を書くのも昔から好きだし、国語の成績だけはずっと良かったので、たぶん文章の仕事ならいけるんじゃないかと思って、それで「よし、脚本家になるぞ!」とピコーンと決めました。」

■何か脚本家になろうと思ったきっかけとなるような映画やドラマは……。

松田
「よく聞かれるのですが、それが、無いんですよ。いつもの通勤電車に乗って通勤してるときに、突然、頭に浮かんだんです。「脚本家になる!」と。だから私は「天の啓示です」と言っています(笑)。それで、脚本家になることは決めたものの、「ところで、脚本家ってどうやってなるの?」と思い、どうやらスクールというところがあるらしいと知って調べてみたら、ちょうど5日後が初心者向けの新しい講座の応募締切だったんです。「じゃあもうこれしかない!」とすぐに応募しました。ですから「脚本家になろうかな、なれるかな……」とか悩んだりした時間は全くなかったです。それから、シナリオ・センターの講座に通い始めて、シナリオの基本的な書き方や映像表現のルールなどを学び、1年ほど経った頃から「力だめしをしたい」と思っていろいろ賞に出し始めました。私はもともと恋愛ものが苦手だったので、小説でもいいから恋愛ものを書いて出してみようと思い、新風舎の「恋愛文学コンテスト」に応募したところなんと優秀賞をいただき、純粋に嬉しかったですね。「もしかしたら小説のほうが向いているのかな?」と一瞬目標がブレましたが(笑)やっぱりシナリオを書きたいと思い、シナリオ・センターでひたすら習作を繰り返す日々が続きました。習作というのは、20枚のシナリオを書いてきて、みんなの前で読んで、その後仲間達や先生から容赦のないツッコミの集中攻撃を受けるというもので、最初はかなりへこみました(笑)。でも少しずつ自分の思い込みを自覚して取り除くことができたり、あるいは長所を伸ばすことができたり……ディスカッションの中で成長していくという感じですね。だからもう、ひたすら書くことが大事なんです。いくら頭の中に素晴らしいものがあったとしても、それを原稿用紙の上に表現できなければ意味がないんです。そこの部分に関しては、習作ですごく鍛えられたなと思います。
 そんなある日、私の友人がアニメのシナリオコンテストで賞をとったんです。それまで私は、実写とアニメは全く別のジャンルだと捉えていたので、自分の頭の中にはシナリオといえば実写のイメージしかなかったんですが、その友人の受賞を知って「あっそうか、シナリオって実写だけじゃなくてアニメにもあるんだ」と気付いたんです。それで、シナリオ・センターでテレビアニメ「PERSONA-trinity soul-」のコンペが行われた時に応募してみました。生まれて初めて書いたアニメのプロットでしたが、運良くそれが通り、「PERSONA-trinity soul-」のシナリオに関わらせていただけることになったんです。これが、私のプロの脚本家デビュー作品です。」

■プロの現場はいかがでしたか。

松田
「もう無我夢中でしたね。他の脚本家の先輩方にすごく鍛えていただきました。どの先輩も、厳しいけど愛のある方で、ダメなところははっきりダメと言われて何回も書き直しさせられるし、その一方で良いところはそのまま褒めてもらえる。辛くも楽しい"修業時代"でした。2クールだったのでシナリオ作りも1年ぐらいかかって、正直とても大変でしたが、先輩方から「ここで耐えられれば、他のどの現場に行っても大丈夫になる。頑張れ!」と言われて、思わず私も「頑張ります!」と答えるような、今思えば部活みたいな雰囲気でした(笑)。「PERSONA-trinity soul-」の現場で学んだことは、"キャラクターは生きている"ということです。先輩から「アニメであれ実写であれ、私たちの仕事は"人間を描く"ということだ。アニメのキャラクターは、急に空を飛んだり魔法を使ったりするけれど、基本は私たちと変わらない気持ちを持っていて、皮膚を切ったら血も出る人間なんだよ。それを忘れないように」と言われ、ハッとしました。もしかしたら私の中に、偏見というか、「アニメのキャラは作り物」というような考えがどこかにあったのかも知れません。でもよく考えてみたら、実写のほうがよっぽどフィクションとしての安心感があるんですよ。だって例えば、ドラマの中では難病で死んでしまった女の子が、CMになった途端に元気な笑顔を見せるでしょ。だけどそれを私たちはおかしいとは思わず、当たり前のこととして毎日見ている。でも、アニメのキャラクターは替わりがきかない。お話の中で、そこで死んでしまったら本当にそのキャラクターは死んでしまうんだという悲しさ、重々しさがあると思うんです。それはいい意味で、アニメと実写の違いとして、また自分への戒めとして、「キャラクターも生きている人間なんだ」という意識を常に忘れずに脚本を書いていきたいですね。」

まるで小説を読むように、繰り返し自分のペースで楽しんで見てほしい

■シナリオを書く上で、普段から心がけてらっしゃることはありますか?

松田
「常日頃から周りの人を観察するクセがありますね。外で食事している時でも、隣りの席で女子高生がしゃべってたらついつい聞き耳を立てて「ほほー、濃い話をしてるなー」とか。ちょっと悪趣味ですかね(笑)。それと、たまたま見かけた人に対して「この人はどういう人なんだろう?」って勝手にバックボーンを考えてみる、ということもよくやりますね。例えば今、目の前に、すごく歳が離れているけど親子には見えないような二人がいたとしたら、「この人たちはどういう関係なんだろうか……恋人だろうか……あるいは同じ職場の……」とか色々妄想をふくらませるんです(笑)。でも、これはシナリオのためにやっているというよりも、もともと昔から妄想すること自体が好きだったんですよ。だからこそ今こういう仕事をしている、とも言えますね。
 シナリオを書くためには、どれだけ色々な経験を経て、どれだけ感情の振れ幅を味わったことがあるかが大切だなと思います。経験を増やすために、例えば全く興味がない映画を見にいってみるというのもいいだろうし、嫌いなモノもあえて買って読んだり聞いたり体験してみたり。たぶん物書きの人は皆さん同じことをおっしゃると思うんです。「引き出しは多いほうがいい」と。私もやっぱりそう思いますね。どれだけたくさんの引き出しを作ったつもりでも、新しい現場に行くたびに「ああ、私はまだまだだな」と感じます。とにかくいろんなところに行っていろんなことを経験することですね。そしてその経験をどれだけ自分の"皮膚感覚"として持つことができるかということが、いざというときに自分の助けになるんじゃないかな、と感じています。私はいつもふらふら出歩いているんですけど、その先でいろんな人に出会ったりして、そういう人の縁がまた思いがけないところでつながったりもして、面白いことが起こったりするんですよ。人生ってつながっているんだなあって実感しますね。私、わりと昔から運がいいみたいなんです(笑)。仕事で辛いことはあっても、心の底からイヤだなと思うような人や根っからの悪人にコテンパンにやられたとか、そういうことはないです。
 もちろん、いつもにこにこ良い機嫌というわけにもいかず、時々ドス黒い感情になることもありますが(笑)、そういう時は「自分がもし映画の登場人物だとして、敵役じゃなくて主人公側の人間だとしたら、スクリーンに映っている私の心理や行動に対してお客さんは共感してくれるだろうか?」と想像するんです。「このヤロー!」と思うような人がいたら「あ、こういう人に対して、人間はこのヤローって思うんだな。こんなささいなことでも、気分を害するんだな」って、ちょっと引いたところから客観的に見てみようとか。そういうふうにして、ちょっとずつ自分の視点を増やしていきたいですね。今回のお仕事では「このヤロー!」と思うようなことは全然なくて、最初から最後まで楽しくお仕事させていただきました(笑)。
 プロになってからも、昼間の塾の仕事もずっと続けていて、それは私にとってペースメーカーのようになっています。逆に一人でずっと家に閉じこもって書いていたらダメになるタイプかなと思いますね。ちょっと外に出て新鮮な空気を吸って、塾に来る高校生と話して新しい感覚を取り入れて、そこで得たものを執筆に活かす、というのが私には向いているようです。特に高校生の好みや流行をリサーチしたりしているわけではありませんが、塾の仕事から離れてしまうと"10代""高校生"という存在が想像上のものになってしまいますから、すぐ身近にいるということ自体が貴重ですね。空気のように彼らの存在を吸収しているような感覚があります。塾の仕事も好きですし、精神的に助けられている部分もあるのでしょうね。」

■今後やってみたいことはどんなことですか。

松田
「元々は実写をやりたいと思ってシナリオの勉強を始めましたが、アニメのお仕事をやってみたらアニメの素晴らしさや楽しさをすごく味わえましたし、最近ではゲームのお仕事も色々やらせていただいています。すごく恵まれた環境で仕事をさせてもらっていると感じますね。そのたびに「ああ、やっぱりシナリオを書くということは辛いけど楽しいなあ」と実感します。これからも、ジャンルにはこだわらず、色々な作品の脚本を書いてみたいですね。そのたびに発見がありますから。
 今年5月に発売されたPSP・PS3ゲームソフト「涼宮ハルヒの追想」では、5人ほどのシナリオチームの中の一員として書きました。ゲームはルートごとに物語が細かく分岐していきますから、シナリオの量が半端じゃなく多いんですよ。シナリオを全部積み重ねたら私の腰くらいまであるんじゃないかな(笑)。全体の構成は別の方が担当されて、私は「分岐する」ということを念頭に置きながら自分が割り当てられたルートに集中してシナリオを書くという作業でした。人気アニメのゲーム化やメディアミックスのお仕事というのは、元となる人気作品を研究しながら書いていくので、すごく楽しいし勉強になります。ある意味私は"原作者の追体験"ができるわけです。その作品のキャラクターを自分の体の中に染み込ませて、「こういう時このキャラクターならこういうふうに行動する」とか「こう言われたらこう言い返す」とか……。脚本家ってイタコみたいな感じかも、と思う時もありますね。
 また、今年3月に公開された『塔の上のラプンツェル』みたいに、過去の名作をベースとして、素晴らしい要素は押さえつつも時代設定やキャラクターなどをアレンジしたりして、まるで新しい作品のようにリメイクする、というのも面白そうだなと思いますね。監督によってもいろんなカラーが出てくるでしょうしね。シェイクスピア作品のリメイク、なんていうのも面白そうですよね。
 ただ、原作のあるものばかり書いていると、「ところで私は素になって一から書いた時、一体何が書けるんだろう?」とフッと不安になることがあります。ですから今でも時間がある時は、オリジナルの企画を考えています。オリジナル作品をやりたいと常に思っていますね。企画書を見てくださるプロデューサーの方と知り合う機会も増えてきて、ありがたいです。ぜひいつか実現させたいですね。」

■それでは最後に、『星を追う子ども』の松田さんのおすすめのシーンを教えてください。

松田
「全部です!(笑) どこかのシーンだけを特に抜き出して「ここを見てほしい」と言えないんですよ。クライマックスにつながるまでの、ひとつながりの心の動きを感じてほしいです。最後にシンとアスナがモリサキに伝えるセリフ、あの言葉が『星を追う子ども』の本質なのではないかと思うので、そこに至るまでの過程を見ていただきたいですね。
 私は、新海監督の作品って、小説っぽい要素があるなって思っているんです。実際に新海監督はご自身の作品の構想を練る時に、短編小説のようなプロットを書くことで世界観を深めてゆかれることもあるのだそうです。もしかしたら新海さんは、小説を書くように映像作品を作ってらっしゃるのかもしれません。それは、他の映画監督とは違う、新海監督ならではの強い個性だと感じます。
 『星を追う子ども』は、何度も繰り返し見てみると、印象が変わる作品だと思うんです。もちろん1回見ただけでもすごく楽しめる映画なんですが、1回目と2回目とではきっと何か別のことを感じるんじゃないでしょうか。アスナの行動原理だとか、倒すべき悪者も敵も出てこない世界観だとか、確かにストレートに分かりやすい作品ではないかもしれませんが、分かりやすい作品ではないからこその見方、楽しみ方があると思います。「あのセリフはどういうことだったんだろう」「あの時、あの子は何を感じていたんだろう」……って、まるで小説を読んでいるときにちょっと前のページに戻って気になる部分を読み返すように、何度も繰り返し観てもらいたいんです。映画館では巻き戻せないですけど(笑)、DVDでこの作品をご覧になられる時には、見ている最中に「あの時アスナは……」って気になることがあったら、ちょっと巻き戻して確認して、また元の場面に戻って続きを見る、というような感じで自分のペースで楽しんでもいいんじゃないかなって。小説って、同じ作品でも30分で読み終える人もいれば1週間かけてじっくり読む人もいますよね。新海監督の作品は、そんなふうに「見る人にとっての自由な見方」が許されているような気がします。小説を読むように映画を見る……そんなふうに『星を追う子ども』を楽しんでいただけたら嬉しいですね。」


【インタビュー日 2011年6月9日
聞き手・構成:『星を追う子ども』宣伝スタッフ 三坂知絵子】

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